声が出にくくなったとき、それを「年齢のせい」と考える方は多くいらっしゃいます。
しかし、声に関する研究や現場で観察してきた私は、少し違った見方をしています。
六十代、七十代で感じる声の違和感の多くは、年齢そのものによる変化ではないのです。
声を出すことは、体の筋肉運動です。
筋肉運動である以上、その使い方を見直すことで、年齢を重ねても高い水準で声の状態を保つことができます。
この記事では、声の衰えの本当の正体と、それに対してできることを、順にお伝えしていきます。
目次
声は、体全体を使った筋肉運動である
声は喉だけで作っているのではない
世間では、「声は喉で出すもの」というイメージが強くあります。
声が出にくくなったと感じると、多くの方はまず喉のことを心配されます。
しかし実際には、声は喉のまわりの筋肉だけで作られているのではありません。
息を支えるお腹まわりの筋肉、体を起こして姿勢を保つ背中や腰の筋肉、声の通り道を整える喉まわりの筋肉――これらすべてが連動して動くことで、一つの声が生まれています。
つまり、声を出すということは、喉だけの話ではなく、体全体を使った筋肉運動なのです。
これが、声について考えるうえでの出発点になります。
声は体の使い方に影響される
声が体全体を使った筋肉運動であるということは、体の使い方がそのまま声に現われる、ということを意味します。
姿勢が崩れていれば、その崩れがそのまま声に出ます。
お腹まわりの支えが弱くなっていれば、息の足りない頼りない声になります。
体のどこかに偏った力みがあれば、その力みが声をこわばらせます。
声は、才能や年齢だけで決まるものではありません。
体をどう使っているか、そのすべてが声に現われてくるのです。
この視点に立つと、声の衰えの考え方が変わってきます。
声と呼吸の関係をもう少し知りたい方は、丹田発声について|呼吸法を整えて舞台・歌・話し方が劇的に変わる理由も参考になります。
筋肉には「使えば強化され、使わなければ衰える」という性質がある
これは体全体に共通する原則
私たちの体には、はっきりした性質があります。
よく使う筋肉は鍛えられ、使わない筋肉は眠っていく――これは、体のどこにおいても共通する原則です。
足腰を例に考えてみます。
毎日よく歩く方の足腰は、年齢を重ねてもしっかりしています。
反対に、歩く機会が減ると、足腰はあっという間に弱っていきます。
これは腕でも、体幹でも、同じです。
多くの方が、日々の暮らしのなかで実感されていることです。
声の筋肉も例外ではない
声を作っている筋肉も、この原則の外にはありません。
使ってきた働きは強まっていき、使ってこなかった働きは眠ったまま、力を失っていきます。
これまでの長いあいだ、どのような声を、どのくらい使ってきたか。
その積み重ねが、今の声の状態を作っています。
声を出す習慣について知りたい方は、ご高齢者の方こそ「声を出す」習慣を!知られざる健康効果と毎日続けるコツも参考になります。
六十代・七十代で感じる声の違和感は、老化ではなく「偏り」である
本当の意味での声の老化は、もっと後から来る
ここで、押さえておきたい事実があります。
本当の意味での声の老化――つまり、声を作っている筋肉そのものが、もう若いころのようには動けないほど変わってしまう状態――は、世間でイメージされているよりも、ずっと高齢になってから訪れるものです。
六十代や七十代で感じる声の違和感は、まだ本当の老化ではありません。
本当の老化でないのであれば、まだ手を打つことができます。
では、その違和感の正体は何か
六十代・七十代で感じる声の違和感の正体は、長年の使い方の偏りによって、本来使うべき筋肉が眠ってしまった結果です。
偏りというのは、喉まわりの使い方だけの話ではありません。
体全体の使い方の偏りや、使う機会そのものの不足も、すべて含まれます。
声は体全体の運動ですから、体のどこかが眠っていれば、そのぶん声にも影響が出るのです。
具体的に、どのようなことが起こっているのか
六十代・七十代の声に、実際に起こりやすいのは、次のようなことです。
まず、声を出す機会そのものが、昔よりずっと減っていること。
仕事の第一線を離れ、人と話す機会が減り、大声で呼びかける場面もなくなっていく――これだけで、声を作る筋肉は使われなくなっていきます。
次に、姿勢が少しずつ崩れてきて、息を支える力が十分に使えなくなっていること。
背中が丸まってくると、お腹の支えがきかなくなり、息が浅くなって、声に力が乗らなくなります。
そして、ある決まった出し方ばかりを続けてきたために、それ以外の働きが眠ってしまっていること。
低くやわらかな声ばかり使ってきた方では、張りのある声を出す働きが眠りがちになります。
反対に、甘く伸びやかな声ばかりを大事にしてきた方では、しっかりと支える働きが弱っていきます。
さらに、大きな声、高い声、張りのある声を出す場面そのものが、生活のなかから消えてしまっていること。
子育てや仕事で声を張っていた時代とは違って、シニアの毎日では、声を大きく使う場面がどうしても少なくなります。
これらはすべて、年齢そのものによる変化ではありません。
生活のなかで起こってきた、使い方の偏りや不足です。
年齢を重ねて声が出にくいと感じる方は、ご高齢者の方の声が小さい原因と改善も参考になります。
それでも年齢とともに起こる変化はある。しかし、それさえ使い方で補える
本当に年齢とともに起こってくる変化
ここまでお話ししてきたからといって、「声には一切の老化がない」ということではありません。
年齢を重ねていけば、体のなかで起こってくる変化はあります。
喉の粘膜が乾きやすくなってくること。
声を作っている部分のまわりの組織に、慢性的な軽い炎症や腫れが起こりやすくなってくること。
全身の筋力が少しずつ落ちてきて、姿勢を保つのが難しくなってくること。
ホルモンバランスの変化によって、声の響きそのものが少しずつ変わっていくこと。
聴力の変化によって、ご自身の声が聞こえにくくなり、そのせいで出し方が乱れてしまうこと。
これらは確かに、年齢を重ねるなかで起こってくる本当の変化です。
ただし、これらは「必ず起こる」ではなく「起こりやすくなる」
ここで押さえておきたい点があります。
これらの変化は「必ず起こる」ものではなく、「起こりやすくなる」ものです。
日ごろの体の使い方次第で、これらの変化が現われてくる時期も、現われたときの重さも、大きく変わります。
年齢を重ねるというのは、それだけ体と長く付き合ってきたということでもあります。
その積み重ねのなかで、小さな変化が少しずつ積もってくるのは、自然なことです。
大切なのは、その自然な変化を過剰に恐れないことです。
使い方を整えてきた人は、年齢変化も軽く済む
体全体を幅広く使ってきた方は、年齢による変化に対する備えが、すでにできています。
使ってきた筋肉はしっかりと残り、支える力も保たれ、声の通り道も整っています。
年齢による変化が少しずつ現われてきても、それを補う力が十分に備わっているのです。
歴史のなかには、大変な高齢まで現役で声を保ち続けた方々がいます。
そうした方々が、偶然や運のよさで声を保てたわけではありません。
皆、長年にわたって体全体を使った声の使い方を身につけてきた、その備えをしてきた方々です。
声のかすれが気になる方は、ご高齢者の方が声がかすれる原因と改善方法も参考になります。
声の出し方を見直す方法
大切なのは「使い方」
声を出すことも筋肉運動である以上、その筋肉の使い方を見直せば、高齢になっても高い水準で声の状態を保つことができる。
ここで言う「使い方」とは、喉まわりのことだけではありません。
姿勢の取り方、息の使い方、日常のなかでの声の使い方――これらすべてを含みます。
声は体全体の運動ですから、喉の使い方を見直すということも、体全体の使い方を見直すということになります。
見直すとはどういうことか
「使い方を見直す」とは、具体的には次のようなことを指します。
一つは、これまでの偏った使い方を正していくことです。
よく使ってきた働きに頼り続けるのではなく、使ってこなかった働きにも目を向けていきます。
二つめは、眠ってしまっていた働きを、少しずつ目覚めさせていくことです。
長年お休みしていた筋肉を、いきなり激しく動かすのではなく、やさしく呼び起こしていくことが大切です。
三つめは、声を出す機会そのものを、生活のなかに取り戻していくことです。
声は使わなければ衰えていきます。
使う場面を意識して持つことが、それだけで大きな意味を持ちます。
四つめは、体全体を起こし、姿勢を整えていくことです。
声は体全体の運動ですから、土台となる体そのものを整えることが、何よりの基礎になります。
何歳からでも遅くはない
筋肉運動である以上、声は年齢に関わらず応えてくれます。
足腰が弱った方が、リハビリによってふたたび歩けるようになることがあります。
それと同じように、声も、正しく向き合っていけば、ふたたび戻ってくるものです。
何歳からでも、決して遅くはありません。
六十代からの練習について知りたい方は、60代からボイストレーニング始めても効果があるのか?年齢を重ねても輝く歌声を手に入れる方法も参考になります。
結びに
声が変わってきたと感じたとき、まず大切なのは、その衰えの正体を落ち着いて見分けることです。
それは、本当に年齢そのものによる変化なのか。
それとも、長年積み重ねてきた使い方の偏りや、使う機会の不足によるものなのか。
その多くは、後者であることが少なくありません。
そうであれば、これから取り戻していける可能性が、たくさん残されていることになります。
声は、年齢を重ねたからといって、一方的に失われていくだけのものではありません。
これまでどのように声と向き合ってきたか、そしてこれからどう向き合っていくか――そのなかで、まだまだ大きく変わっていくものなのです。
長い年月をかけて育ててきた声には、思っている以上の力が、まだしっかりと残されています。
何歳からでも、声は応えてくれるのです。




