おはようございますやで♩

ボイストレーナー小谷泰久です☆

当教室のボーカル・コースの生徒さんから

”オペラの楽しみ方が分からないですぅ”

という質問を頂きました。

確かに、初めはどのように聴いたら良いか分からないですよね(^^;

個人的にはオーケストラ中心に聴くのか歌手中心に聴くかのどちらかだと思います。

因みに私は歌手中心に聴きます♩

歌手中心に聴く場合は例えば私はテノールなのでテノール歌手中心に聴きます。

テノール歌手の聴かせどころは高音なので、アリアで高音をシッカリ出ているかを中心に聴いています。

ソプラノ歌手を中心に聴く場合も高音がポイントになると思いますし、

バリトン歌手の場合は例えばロマン派のオペラの場合、悪役になる場合が多いので、

”嫌な奴やなー”

と思わせる歌い方で歌えているかがポイントになります笑

オペラの楽しみ方に絶対的な正解はありませんので、

最終的にはご自身の楽しみポイントが見つかれば、

それがご自身にとっての正解です。

オペラに興味のある方は今回ご紹介した私のオペラの楽しき方を参考にしていただけると幸いです☆

 

モーツァルトはテノール歌手が嫌いだった!?

モーツァルトは「フィガロの結婚」や「ドンジョバンニ」「魔笛」など数多くの素晴らしいオペラ作品があります。

また「魔笛」の夜の女王のアリアや「フィガロの結婚」の”もう飛ぶまいぞこの蝶々”など、

皆さんが一度耳にしたことがあるような有名なアリアも沢山あります。

今回お話したいのはテノール歌手のアリアです。

モーツァルトのオペラのアリアにはテノールの素晴らしいアリアも沢山あります。

“めちゃくちゃ高い(^^;”

“なんでこんなに高いん?”

学生の頃、本当に疑問でした。

なんでモーツァルトのテノールのアリアはこんなに高いのか?ある先輩に聞くと

先輩 「モーツァルトはテノールが嫌いなんや!」

私 「え!まじっすか!何でですか?」

先輩 「テノール歌手に彼女を取られたからや!」

私 「えーーーーー!」

嘘みたいな話ですが、テノールのアリアの高さを考えると納得できるところもあります笑

 

ヴェルディとロッシーニにまつわる少し切ない話

ヴェルディとロッシーニにまつわる話で少し切ない話があって

年齢はロッシーニの方が上なんで、

ロッシーニが先輩でヴェルディが後輩で、

ヴェルディはロッシーニ兄さんが大好きだったんですけど、

ヴェルディの初期の作品に喜劇のオペラがあって、

そのオペラがコケた時ロッシーニは

”ヴェルディの頭には悲劇の音楽しかないから喜劇を作っているつもりが悲劇になってしまう”

と周りに話したそうです。

確かにヴェルディのオペラの大半は悲劇なので、喜劇は2つくらいかな?

大好きなロッシーニ兄さんにディスられたヴェルディでしたが、

ロッシーニの生前はディスられた事は知らず、

知ったのはロッシーニが無くなった後だったそうです。

ロッシーニはなぜヴェルディをディスったのか?その真意は分からないまま

個人的には咤激励であってほしいと思いますがね☆

 

「女心の歌」に隠された秘密

ヴェルディのオペラ「リゴレット」でマントバ侯爵が歌う「女心の歌」という曲があります。

日本でもテレビCMなどに使用されていて、皆さんも一度は耳にされた事があるのではないでしょうか。

この「女心の歌」という曲はヴェルディはかなりの自信作であったらしく、

「リゴレット」初演時のマントバ侯爵役の歌手に

”この曲は絶対にヒットするから本番まで歌わないように”

と命じたそうです。

そして迎えた本番、結果ははいうと、

「リゴレット」を見終えた観客は劇場を出る際に皆「女心の歌」を口ずさんで帰宅していったそうです。

ヴェルディのドヤ顔が想像できます(笑)

しかし、マントバ侯爵役の歌手は本番まで「女心の歌」を歌えずに大変だったでしょうね☆

 

リベンジに燃えたヴェルディ!ファルスタッフにかけた想い

 

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ヴェルディといえば椿姫やアイーダなどのオペラの名作を次々と作曲したイタリアの大作曲家です。

ヴェルディの偉大さは言うまでもなく、

例えばナブッコというオペラの中にある合唱曲「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」という曲があるのですが、

この曲、あまりにもイタリア人の間で有名で人気の為、

常にイタリアの国歌へ!という声が上がっています。

 

ヒットメーカーだったヴェルディ

ヴェルディは人の心掴む楽曲を作る事が得意でした。

また自信もあったのでしょう

その自信を裏付けるエピソードとして、

リゴレットというオペラの中に、

マントバ侯爵が歌う「女心の歌」という曲がありますが、

ヴェルディはマントバ侯爵役のオペラ歌手に「この曲は絶対に流行るから本番まで絶対に歌うな」と命じたそうです。

結果はリゴレットの初演終了後、観客達は皆、「女心の歌」を口ずさみながら帰って行ったそうです。

 

悠々自適な老後を送ろうとしたヴェルディ。がしかし

そんなヴェルディ、オペラ「アイーダ」を作曲し、その後レクイエムを作曲し終え、

作曲家から引退します。

レクイエムを作曲し終えたのが60代後半でしたので、

当時の感覚ではこのまま静かに人生終えようと思ったのかもしれません。

しかし、ヴェルディは当時ソプラノ歌手との不倫などもあり、

全く衰える気配がなかったそうです。

そういった噂を聞いてか、ヴェルディの元にある人物から台本が送られます。

シェイクスピアの「オテロ」の改訂された台本

送り主はアリーゴ・ボーイト

アリーゴ・ボーイトはオペラ台本作家で有名ですが他にも、詩人、

小説家、台本作家、音楽評論家そしてオペラの作曲家としても活動していました。

ヴェルディの送ったシェイクスピアの「オテロ」の台本を改訂したのも彼でした。

ヴェルディは送られてきた台本に非常に関心を示し、

直ぐに「オテロ」の作曲に取り掛かります。

そして完成したオペラ「オテロ」は大ヒット!

ヴェルディの衰え知らずを証明しました。

そしてまた表舞台から身を引こうとするヴェルディに、

アリーゴ・ボーイトはシェイクスピア「ウィンザーの陽気な女房達」の台本を開きながらヴェルディに囁きます。

「今度は喜劇を作曲しないか」と

実はヴェルディには一つやり残した事がありました

それは

「喜劇を成功させる」

「オテロ」までヴェルディが書いた喜劇は、

「一日だけの王様」というオペラ1つだけ。

しかも「一日だけの王様」は初演から大失敗だったらしく、

ロッシーニいわく

「ヴェルディの頭の中には常に悲劇の音楽しか流れていないから、喜劇を作曲したつもりでも悲劇になる」

と論評されたほどでした
(ちなみのこのロッシーニの論評はロッシーニ存命中にはヴェルディの耳に入る事は無かったそうです)

ですので、ヴェルディにすると、なんとか自分が作曲した喜劇を成功させたい、

しかし以前の辛い失敗があり、なかなか勇気が出ない

そんなヴェルディにアリーゴ・ボーイトは

「最後に喜劇で成功して華やかにキャリアを締めくくろう!」

「笑いで、すべてがひっくり返そう!」

と口説きます。

そしてヴェルディはアリーゴ・ボーイトに口説き落とされました

 

喜劇「ファルスタッフ」の成功!その陰で怯えるプッチーニ

ヴェルディはアリーゴ・ボーイトと共に喜劇「ファルスタッフ」を完成させました。

結果は大成功!

ヴェルディの悲願が達成されました!

しかし、ヴェルディ悲願達成の裏で、崖っぷちに立たされている作曲家がいました。

「蝶々夫人」「ラ・ボエーム」「トスカ」などのオペラの作曲で知られるプッチーニです。

彼は当時ヒット作が無く、そろそろスポンサーから資金援助が止められるギリギリの状態でした。

その状態を打開すべく作曲されたオペラが「マノン・レスコー」

「マノン・レスコー」に全てを掛けていた最中、彼の元に衝撃的なニュースが届きます。

それは

「ヴェルディが新作発表!」

そのニュースを聴いたプッチーニはこう思ったはずです。

「えー!マジでー!勘弁して~」と(あくまで私の想像です笑)

しかし、安心して下さい笑

プッチーニの「マノン・レスコー」もその後、大成功を収ます!

「マノン・レスコー」の成功を機にプッチーニはその後、

「蝶々夫人」「ラ・ボエーム」「トスカ」など大ヒットを連続させ、

ヴェルディの後継者とまで言われる大作曲家になるのでした~

お後が、よろしいようで笑

チャンチャン♪

 

カヴァレリア・ルスティカーナの魅力

 

マスカーニ作曲のオペラ、カヴァレリア・ルスティカーナはロマン派の後期、

ヴェリズモと呼ばれる時代の作品です。

ヴェリズモとは日本語で真実主義、現実主義を意味します。

これまでオペラの題材は小説などが主でしたが、

ヴェリズモの時代は本当にあった出来事を題材にしています。

カヴァレリア・ルスティカーナも本当にあった話です。

そして音楽もオペラの場面場面で忠実に演奏され、

例えば激しいやり取りの場面では容赦なく、

これでもか!といった具合に打楽器が鳴り響きます。

しかし、カヴァレリア・ルスティカーナは題材や音楽表現が非常にリアルであることだけが魅力ではありません。

リアルですが、そこには非常に高い芸術性が存在します。

特に間奏曲は聴く人の心を洗い流す浄化作用を感じます。

リアルと芸術性

この2つが共存しているからこそ、カヴァレリア・ルスティカーナは魅力的であり、

今日まで演奏され続けているのかもしれません。

ビオレッタとアルフレード 2人の愛の物語~椿姫~

椿姫というオペラはビオレッタとアルフレード、2人の愛の物語です。

ビオレッタはパトロンと豪華な生活をしている高級娼婦でアルフレードは青年貴族です。

 

第一幕

物語はビオレッタの自宅のパーティの場面から始まります。

ビオレッタは様々な色恋を経験してきました。

そんなビオレッタにとってアルフレードは明らかに恋愛経験が少ない小僧で、およそ恋愛に発展しなさそうにみえます。

しかし、ビオレッタはアルフレードを本気で愛してしまいます。

なぜ、ビオレッタはアルフレードを本気で愛してしまったのか?

ビオレッタのこれまでの色恋の男性たちがビオレッタに求めたのは一夜限りの関係であったりお金であったりステータスであったり、

真の愛とは程多いものでした。

しかし、アルフレードが求めたものは真の愛でした。

アルフレードの求愛を最初は軽くあしらうビオレッタですが、

”こんな生活をしてはいけない”

”1年前から貴女が好きでした”

と言うアルフレードの真剣さにビオレッタは徐々に心惹かれ、ビオレッタもアルフレードを本気で愛するようになります。

 

ビオレッタの心を射止めたのはアルフレードの真剣で真っすぐな愛でした。

それまで何か裏で魂胆があるような歪んだ恋愛を繰り返してきたビオレッタからすると、アルフレードの真剣で真っすぐな愛はとても新鮮で、

しかしビオレッタが実は待ち望んでいた愛であったのだと思います。

 

第2幕1場

ビオレッタはパトロンとの豪華な生活を捨て、アルフレードと静かな生活をするようになるのですが、

ここである事件が発端で2人の愛に亀裂が生まれます。

アルフレードが居ない時にビオレッタの前にアルフレードの父ジェロモンが現れます。

ジェロモンはビオレッタにアルフレードと別れるように迫りますが、ビオレッタは拒否します。

しかしジェロモンは

”アルフレードの妹の結婚に差しつかえが出るから助けてほしい”

と嘆願しビオレッタは泣く泣く要求を受け入れます。

そしてビオレッタは単純に別れ話を持ち出してもアルフレードは納得してくれないからと思い、

アルフレードに手紙を書きます

その手紙には

”貴方と別れて元のパトロンとの生活に戻ります”

と書いてありました。

途中アルフレードが帰宅し、ビオレッタは

”お父様がいらっしゃるなら私は席を外します”

と言い、その場を去ります。

ビオレッタの様子に不安を覚えたアルフレードはビオレッタの残した手紙を読み、裏切られたと激高しビオレッタの後を追いかけます。

 

父ジェロモンがなぜビオレッタに別れ話を持ち出したのか?

それは単純に家柄や息子を想ってという事が容易に想像できますが、その真意は分かりません。

ただこの場面で感じる事とはアルフレードとビオレッタの愛し方の違いです。

あまりにも直球な愛し方のアルフレード、若さゆえの愛し方は、それゆえ周りが見えていない行動をとってしまいます。

一方ビオレッタはアルフレードに比べて大人です。

それゆえ愛し方も熟練されています。

しかし熟練しているが故、先読み行動過ぎて後々のトラブルを招いてしまいます。

最初は噛み合っていたビオレッタとアルフレードの愛は、父ジェロモンの一件で徐々に噛み合わなくなっていきます。

 

第2幕2場

アルフレードの元を去ったビオレッタは元のパトロンと仮面舞踏会にいました。

アルフレードは仮面舞踏会に乗り込み、ビオレッタに復縁を迫りますがビオレッタは拒否します。

激高したアルフレードはその場にいる皆を集め、ビオレッタを侮辱し中傷します。

大勢の前で侮辱し中傷されたビオレッタはその場に倒れこんでしまいます。

その後ジェロモンが現れ息子アルフレードの愚行を諫め、アルフレードも自分の行いを恥じます。

 

この場面で感じる事は愛の変貌と愛の脆弱さです。

特にアルフレードの愛は、もはや愛ではなく怒りや恨み、憎悪に変貌していまっています。

ビオレッタに関してはアルフレードのように怒りや恨み、憎悪に変貌していませんが、

自分の愛が相手に伝わらない現状に苦しんでいるように感じます。

お互いの愛を確認でき、通じ合っているからこそ愛は尊く素晴らしいものであって、

一方でも通じていなければ、それは悲劇に変わる。

愛とは実はそういった脆弱でもろい側面をもっているという事をこの場面で教えられます。

 

第三幕

仮面舞踏会から数か月後、国外にいたアルフレードはジェロモンから手紙でビオレッタとの交際を許されます。

急いでビオレッタの元に戻ろうとするアルフレード

しかしビオレッタは結核を患い死の淵にいました。

ようやく再会したビオレッタとアルフレード

二人は田舎で楽しく暮らそうと語りますが、その後ビオレッタは倒れ伏してしまいます。

ビオレッタは最後の力を振りしきり、アルフレードに自分の肖像を託し、

”いつか好きな人ができたら、これを渡してね”

そして

”不思議 新しい力が湧いてくる!”

と言い最期を迎えます。

 

椿姫はこういった内容で、こういった幕切れを迎えるオペラですの悲劇と呼ばれます。

しかし単純に悲しいだけの物語ではないように感じます。

2人は真剣に愛し合いました。

途中、愛し方の違いで衝突し、悲しい出来事が生まれました。

アルフレードの若さゆえの未熟な愛し方。

ビオレッタの大人の成熟した愛し方。

同じ愛ではありますけど、形が少し違う。

故に噛み合っているときは良いけど、いったん噛み合わなくなると、愛が怒りや恨み、憎悪に変わる。

愛は素晴らしいものだけど、実は怒りや恨み、憎悪と表裏一体であるという事をこの椿姫というオペラでは語られているように感じます。

仮面舞踏会の一件の後もアルフレードとビオレッタはお互いを想い、愛し合ってビオレッタの最期を迎えました。

ビオレッタの最期は悲しいけど、最後まで愛し合ったという意味では、椿姫はハッピーエンドなのかもしれませんね☆

 

 

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