ボイストレーニングを始めると、必ずと言っていいほど腹式呼吸の説明で出てきたり、声を出すときに丹田を意識するようにと指導されたり、その登場の仕方は様々です。しかし、なぜ丹田がそれほど重要視されるのか、その理由まで丁寧に説明される機会は多くありません。なんとなく大切らしい、お腹の奥のあたりを意識すればよい、その程度の理解で練習を続けている方も少なくないかと思います。
結論から申し上げます。丹田は声の動力である息を送り出す部分だからです。声を出すという行為の根本に位置する働きを担っているからこそ、ボイストレーニングの最初に押さえておく必要があります。
本記事では、声がどのように生まれるのかという仕組みから出発し、現代人の発声に何が起きているのかを辿ったうえで、なぜ丹田から始める必要があるのかを順を追って解説していきます。
目次
声は息と声帯振動と共鳴の流れで生まれる
丹田の話に入る前に、まず声がどのように生まれるのかを確認しておきます。声は息、声帯振動、共鳴という三つの段階を経て生まれます。この流れを理解しておくことで、丹田が果たす役割がはっきりと見えてきます。
最初の段階は息です。肺から送り出された息は、声帯を振動させる動力となります。動力という言葉が示す通り、息は単なる空気ではなく、声を生み出すためのエネルギーそのものです。水車が水の流れによって回るように、声帯も息という流れによってはじめて動き出します。息の勢いや量が十分であれば声帯は活発に動き、不足していれば動きは鈍くなります。
次の段階が声帯振動です。声帯は、息という動力を得てはじめて振動し、声の原型を作り出します。声帯だけでは声は生まれません。息という動力があって、はじめて声帯は声を作る器官として機能します。声帯振動の質は、供給される息の質と量に大きく左右されます。十分な動力が供給されれば、声帯は無理なく振動し、安定した声の原型を作ります。動力が乏しければ、振動は不安定になり、声の原型もまた弱々しいものとなります。
最後の段階が共鳴です。声帯で生まれた声の原型は、口の中や喉、鼻の奥といった共鳴腔で響きを与えられ、聴き取れる声として完成します。共鳴があるからこそ、声は遠くまで届き、豊かな響きを持ちます。共鳴は楽器でいえば胴の役割にあたり、ここで声の表情や艶が決まっていきます。
息、声帯振動、共鳴のいずれが欠けても声は成立しません。そして、この流れの最初に位置するのが息であり、息こそが声を生み出す動力です。最初の段階で動力が十分に供給されなければ、その後の声帯振動も共鳴も本来の働きを発揮できません。声に関する悩みの多くは、この最初の段階に原因があることが少なくないのです。
現代人は息という動力をあまり使わなくなっている
ところが、現代の生活を振り返ってみますと、声を大きく使う場面は驚くほど少なくなっています。電話やメッセージのやり取りは文字で済み、買い物はレジで一言交わす程度です。職場での会議もオンラインで行われることが増え、画面越しに小さな声で話せば事足りる環境になっています。動画配信サービスや音声メディアで誰かの声を聴く時間は増えても、自分から声を出す時間は減り続けています。
街中や電車の中では、他者に配慮して声を抑えるのが当たり前になっています。家族や友人との会話においても、近距離で話すことが多く、大きな声を張る必要はほとんどありません。集合住宅で暮らす方であれば、隣室への配慮から普段の会話の声量も自然と抑えめになっているかと思います。一日を振り返って、思い切り声を出した瞬間がいつだったか思い出せない方も多いのではないでしょうか。
声をあまり使わないということは、息という動力もあまり使わずにいるということです。息は声を生み出す動力ですから、声を使わなければ動力としての息も働かせる機会が減っていきます。日常的に動かす息の量も、その勢いも、本来の発声に必要な水準を大きく下回ったまま日々が過ぎていきます。会話のための小さな息の動きはあっても、声を響かせるために必要な強い息の動きは、ほとんど発動していない状態が続いているのです。
そして、息という動力を使わずにいると、息を送り出す筋肉も次第に弱くなっていきます。筋肉は使わなければ衰えるという原則は、息を送り出す筋肉にも当てはまります。日常生活で大きな声を出す機会がない以上、息を勢いよく送り出す働きは出番を失っていきます。腕や脚の筋肉であれば衰えに気づきやすいのですが、息を送り出す筋肉の衰えは目に見えにくく、自覚しないまま進行していくという特徴もあります。
正しい呼吸とはどのようなものかをより深く知りたい方は、フースラーメソード徹底解説⑥正しい呼吸と間違った呼吸の違いとは|歌うこと第4章「解剖と生理」3部「呼吸器官」からも参考になります。
動力不足が声のトラブルを生む
息を送り出す筋肉が弱まりますと、声帯を振動させる動力が不足します。声を出そうとしても、声帯を十分に振動させるだけの息の勢いが供給されないという状態です。
しかし、人は声を出さずにはいられません。歌いたい、話したい、伝えたいという欲求は、動力の不足とは無関係に生まれてきます。動力が不足したまま声を出そうとしますと、足りない分をどこかで補わなければなりません。そのとき身体は、本来声を作るのに不必要な部分を使って声を作り出そうとします。
その結果として現れるのが、声を出す時に喉が締まる、喉仏が上がるといった現象です。これらは代償動作と呼ばれます。本来の動力が足りない分を、喉まわりの余計な力で埋め合わせようとする身体の応急処置と言えます。応急処置である以上、その場では何とか声が出ますが、本来の発声の仕組みからは外れた使い方になっています。
厄介なのは、動力が足りないまま声を出し続けますと、こうした代償動作が悪い癖として定着してしまうことです。喉が締まった状態、喉仏が上がった状態が、声を出すときの初期設定になってしまいます。一度定着した癖は無意識のうちに発動しますので、本人が気づかないまま発声のパターンとして固まっていきます。
ボイストレーニングで悩みを抱える多くの方は、この代償動作のパターンに陥っています。高音が出ない、声が枯れやすい、長く歌うと喉が痛む、声量が出ない、響きが乏しいといった症状の背景には、動力不足を喉の力で補おうとする習慣が潜んでいることが少なくありません。喉の使い方をいくら工夫しても改善しないのは、動力そのものが足りていないためです。原因が動力にあるにもかかわらず、結果として現れる喉の症状にばかり対処しようとしてしまうと、根本的な解決から遠ざかってしまいます。
しかし息を送り出す筋肉は失われたわけではない
ここまでの話だけをお聞きになりますと、現代人にとって発声は絶望的な状況に思えるかもしれません。便利で声をあまり使わない生活様式である以上、本来の声を取り戻すのは難しいのではないか、と感じられるかもしれません。しかし、見落としてはならない事実があります。息を送り出す筋肉は失われたわけではなく、使っていないだけだということです。
筋肉そのものは身体に備わっています。生まれつき持っている発声の働きが、日常生活の中で出番を失い眠っているにすぎません。眠っているだけならば、起こすことができます。使う機会を取り戻せば、息を送り出す働きは再び動き始めます。
赤ん坊の泣き声を思い浮かべてみてください。あの小さな身体から出る声の大きさと持続力は、特別な訓練の結果ではありません。人間に本来備わっている発声の働きが、まだ社会的な抑制を受けていない状態で素直に発揮されているだけです。同じ働きは、大人になった私たちの身体にも残っています。違いは、その働きを使う機会があるかどうかにすぎません。
丹田を意識すれば息を送り出す筋肉が動き出す
眠っている働きを目覚めさせるきっかけとなる場所が、丹田です。
丹田とは、おへそから指二本から三本下にある部分を指します。身体の中心軸の、ちょうどお腹の奥にあたる位置です。古くから武道や呼吸法で重要視されてきた場所であり、ボイストレーニングにおいても発声の中心として扱われます。
丹田を意識しますと、息を送り出す筋肉が動きます。意識を向けるだけで身体が反応するというのは不思議に感じられるかもしれませんが、丹田はもともと息を送り出す働きと深く結びついた身体の中心ですので、ここに意識を集めることで眠っていた働きが目覚めます。意識と身体は連動しており、意識の置き所が変わりますと、それに応じて働く筋肉も変わります。スマートフォンを操作するときに指先に意識が集まるように、声を出すときに丹田に意識が集まれば、対応する筋肉が動き出すのです。
丹田を意識し、息を送り出す筋肉が動きますと、声帯を振動させる動力が供給されます。これまで足りなかった動力が、ようやく本来の経路から届くようになります。喉まわりの余計な力に頼らずに済む状態が、ここで初めて成立します。
動力が十分に供給されますと、声帯は本来の振動を取り戻します。声帯が本来の振動を取り戻しますと、共鳴も自然に行われ、声は完成します。そして何より、動力が足りていれば、足りない分を喉の力で補う必要がなくなります。代償動作は不要になり、喉が締まる、喉仏が上がるといった現象も起こらなくなっていきます。喉の症状を直接何とかしようとしなくても、動力が整うことで自然に解消していく、という順序です。
丹田に意識を向けるときの具体的なコツを知りたい方は、丹田に力を入れるコツが参考になります。
だからボイトレは丹田から始める
声を構成する要素は数多くあります。声帯の使い方、共鳴の作り方、発音の整え方、音程の取り方など、ボイストレーニングで扱うテーマは尽きません。しかし、それらを支えているのは息という動力であり、その動力を送り出すのが丹田を中心とした身体の働きです。
動力が不足したまま他の要素を訓練しましても、代償動作の癖が定着するばかりで、本来の声には近づきにくいものです。逆に、丹田が働いて動力が供給される状態が整いますと、声帯振動も共鳴も本来の働きを取り戻していきます。土台が整えば、その上に積み上げる訓練も意味を持ち始めます。家を建てるときに基礎工事を飛ばして柱や屋根を組むことができないのと同じように、発声の訓練にも順序があるということです。
ですから、ボイストレーニングはまず丹田を使うことから始める必要があります。発声の出発点である息の供給を整えること、それがその後のすべての訓練の土台となります。高音や響きや表現といった魅力的なテーマに目が向きがちですが、それらが本来の形で身につくためにも、まず動力の供給を整えるという地味な作業が欠かせません。
丹田は神秘的な概念ではなく、声の動力である息を送り出す身体の中心という、明確な役割を持った場所です。ここに意識を向けることから、本来の声を取り戻す道が開かれていきます。
丹田を使うことで声がどのように変わっていくのかを知りたい方は、丹田を使うと声はどうなる?もあわせてご覧ください。
まとめ
声は息、声帯振動、共鳴という三つの段階を経て生まれます。最初の段階である息は、声帯を振動させる動力であり、声を生み出すエネルギーそのものです。動力が十分に供給されてはじめて、声帯振動も共鳴も本来の働きを発揮します。
しかし、現代人は日常生活で声を大きく使う機会が減っており、息という動力もあまり働かせなくなっています。息を使わずにいると息を送り出す筋肉も弱まり、声帯を振動させる動力が不足します。動力が足りないまま声を出そうとすると、足りない分を喉の力で補おうとし、喉が締まる、喉仏が上がるといった代償動作が起こります。動力不足のまま声を出し続けますと、これらの代償動作は悪い癖として定着していきます。
とはいえ、息を送り出す筋肉は失われたわけではなく、使っていないだけです。眠っている働きを目覚めさせるきっかけとなるのが丹田であり、おへそから指二本から三本下にある部分に意識を向けますと、息を送り出す筋肉が動き出します。動力が本来の経路から供給されれば、声帯は本来の振動を取り戻し、共鳴も自然に行われ、代償動作は不要になっていきます。
声を構成する要素は数多くありますが、それらを支えているのは息という動力です。だからこそ、ボイストレーニングはまず丹田を使うことから始める必要があります。




