こんにちは、ボイストレーナー小谷です。今回は、フレデリック・フースラー『うたうこと』第13章「歌うことと話すこと」を解説します。前回は、13「声の美しさ」について解説しました。
前回の解説を未読の方は、下記の記事でご確認ください。
フースラーメソッド徹底解説13「美しい声」は好みの問題か、それとも科学で実証できるのか?歌うこと第12章 声の美しさ

今回の第13章でフースラーが扱うのは、「歌うこと」と「話すこと」の違いです。
歌うことと話すことは、どちらも声を使う行為です。
日常では、近いものとして受け取られやすいところがあります。
しかしフースラーは、この二つをかなりはっきり分けて考えています。

話すことには、言葉を相手に伝える働きがあります。
一方で歌うことには、言葉になる前の声そのものの働きが深く関わっています。
ここから、話し声がよいことと歌声がよいことを、同じものとして扱えない理由が見えてきます。
この章を読むと、母音練習や歌うときの言葉づくりを、話し方の延長として考えてよいのか、という問いが見えてきます。

今回は、フースラーが「歌うこと」と「話すこと」をどのように分けているのかを読み解いていきます。

歌うことと話すことは、どこが違うのか

歌は声の流れから生まれ、話すことは言葉の働きから生まれる

フースラーは、歌うことと話すことのあいだに、はっきりした線を引いています。
話すことは、社会生活の中で必要になった働きとして語られています。
言葉は、相手に何かを伝えるために生まれました。

そのため話すことは、思考や外界の認識と強く結びついています。
フースラーは、言葉の成り立ちにおいて、耳よりも目や手の働きが大きく関わったと見ています。
目で見たもの、手で扱ったもの、考えたものが、音声として形を持つようになったということです。

一方で歌うことは、言葉を伝える目的から出発していません。
フースラーは、幼児が話し始める前から、旋律的な声を楽しむことに注目しています。
ここでいう歌うことには、芸術的な歌唱に限られない広がりがあります。

言葉になる前の、声の自然な放出としての歌があります。
だからフースラーにとって、話すことは外へ向かう働きであり、歌うことは声そのものから立ち上がる働きであると言えます。この違いを押さえると、歌声を話し声の延長だけで考える危うさが見えてきます。

歌声と語音は、音として別の性質をもつ

フースラーは、歌とことばを音の面から見ても、別の現象として扱っています。
歌は、楽音として語られています。一方で、ことばは、変化を加えられた雑音として語られています。
つまり私たちは、歌とことばを別の聞き方で受け取っているということです。

歌は楽音感覚として、ことばは雑音感覚として分けて受け取っている、とフースラーは見ています。
フースラーは、この二つが脳の中でも異なる位置に関わると述べています。
そのため、話す力を失っても歌える場合があり、反対に歌う力を失っても話せる場合があります。

ここからフースラーは、歌うことと話すことは、発声器官の働きとしても別の道筋を通ると考えています。
歌声と語音は、同じ声から出ているように見えても、音としての性質、聞かれ方、発声器官での作られ方が違います。

この違いを押さえると、歌声をことばの明瞭さだけで判断することが危うくなります。
歌においては、語音をはっきりさせることに加えて、歌声そのものの流れを保つことも大切です。

 

歌手の言葉づくりは、話し言葉とは違う

歌では、まず声があり、その上に言葉が乗る

フースラーは、歌声と語音の違いから、歌における言葉づくりを考えています。
音声学では、声そのものと語音を区別しています。
語音は、声が口・舌・唇・軟口蓋などの動きによって変えられて生まれます。

つまり語音は、声そのものに後から加わる働きとして見られています。
フースラーはここから、ことば作りによって声を作ることはできない、と考えています。
歌において大切なのは、まず声であり、その次にことばです。

話すときには、ことばを伝えることが中心になります。
一方で、歌うときには、豊かに響いている歌声の中で、ことばを扱う必要があります。
ささやき声のように、声帯の振動がなくても語音は作れます。

しかし歌では、語音に加えて、歌声そのものの響きが求められます。
歌手は、発声器官全体が働いた状態で、歌声の中にことばを置く必要があります。
ここに、話し言葉と歌の言葉づくりの大きな違いがあります。

唇・舌・口蓋・口蓋垂と語音の関係については、フースラーメソード徹底解説⑦唇・舌・口蓋・口蓋垂の問題と新説でフースラーが伝えたい事|歌うこと第5章「唇・舌・口蓋・口蓋垂について」第6章「自発振動」から も参考になります。

母音や子音で、声の線を切らないことが求められる

フースラーは、歌手のことば作りは、話す人のことば作りと決定的に違うと見ています。
話すときには、母音ごとに声門間隙や声帯の形が変わります。
その変化によって、話しことばのいきいきした印象や、母音の強弱が生まれます。

しかし歌では、その変化が大きいほど、歌声の線が切れやすくなります。
歌手は、母音が変わっても、声門間隙や声帯の形を目立つほど変えずにことばを作る必要があります。
母音や子音が入っても、長く続く声の線を保つことが求められます。

一方で、高い音域では、喉頭の働きが強く求められるため、母音がはっきりしにくくなることがあります。
フースラーはここに、歌うときの言葉づくりの難しさを見ています。
歌手の言葉づくりは、話し言葉の明瞭さをそのまま持ち込む考え方とは異なります。

歌声の流れを保ちながら、その中で母音や子音を扱うことが求められます。
そうなったとき、なめらかに流れる歌ことばが生まれます。

なぜ母音練習が歌声に役立つのか

母音は発声器官の働きを呼び起こす手段になる

フースラーはここで、一見すると矛盾する事実に触れています。
ことば作りによって声を作ることはできない、と述べながら、発声教師は昔から母音を使って練習してきました。しかしフースラーは、この母音練習を話し方の練習とは別のものとして見ています。

母音は、発声器官のいろいろな働きに触れるための手段として扱われています。
フースラーは、人類がことばを持つ前から、イ・ア・ウのような原始的な音声を出していた可能性に触れています。幼児も、話し始める前から母音のような声を出しています。

そうした音は、言葉としての意味を持つ前に、発声器官の働きから自然に現れた音として見られています。
その後、思考や意識が発達する中で、その音に言葉としての意味が与えられていきました。
だから母音練習は、発音をきれいにする目的だけで見ると狭くなります。

母音を使うことで、発声器官の機能的な可能性に触れることができます。
フースラーにとって母音は、声そのものへ近づくための入り口です。
ここに、歌の発声練習で母音が重要になる理由があります。

ウ・イ・アは、それぞれ異なる喉頭の働きに触れる

フースラーは、母音練習の価値を、発音練習よりも広いものとして見ています。
母音ごとに、発声器官の違う働きが呼び起こされると見ています。
たとえば母音ウでは、喉頭を支える筋肉の網が強く関わります。

フースラーは、ウによって喉頭が前下方へ引かれ、同時に後方では上方へ保たれると説明しています。
その結果、声帯は補足的に引き伸ばされます。
母音ウは、頭声的な性質や、いわゆるデックングの練習と結びつけられています。

一方、母音イでは、声帯を伸ばす働きと、声門を閉じる働きが呼び起こされます。
フースラーは、イをファルセット的な性質と結びつけています。
そして母音アでは、声帯の内側の筋肉や、声帯縁の働きが問題になります。

フースラーは、アによって声に実質が与えられると見ています。
そのため、ウ・イ・アは、ただ口の形を変える練習にとどまりません。
それぞれの母音を通して、歌声に必要な違う働きに触れる練習になるのです。

ここに、母音練習が発声練習として扱われる理由があります。

母音ウで触れている喉頭を支える働きについては、フースラーメソード徹底解説⑤喉頭懸垂機構について で詳しく解説しています。

どの母音にも共通する響き方へ近づける

フースラーは、ウ・イ・ア以外の母音を、三つの基本形の組み合わせとして見ています。
母音ごとに、声帯を伸ばす働き、声帯を縮めて張る働き、喉頭の位置を保つ働きが違う形で関わります。
そのため母音には、それぞれ機能的な片寄りがあります。

ウにはウの働きがあり、イにはイの働きがあり、アにはアの働きがあります。
しかし歌手には、どれか一つの母音の働きに偏らずに歌うことが求められます。
フースラーは、歌手が母音ごとの片寄りを克服する必要があると述べています。

歌手のあいだで言われる「どの母音も他の母音と共通するものを持つ」という考えが、ここに関わっています。また「どの母音も同じように位置している」という感覚も、同じ問題に関わっています。
ただし、これは、すべての母音を同じ口の形で発音するという意味とは異なります。

母音が変わっても、歌声の流れや響きのつながりが大きく崩れない状態を目指すということです。
つまり母音練習の目的は、ウ・イ・アそれぞれの働きを呼び起こすことから、さらに先へ進みます。
最終的には、どの母音でも歌声の線が保たれる状態へ近づくことが求められます。

話し声と歌声では、使われる働きが違う

話し声では、発声器官の一部がよく使われる

フースラーは、話し声を職業的に使う人や俳優についても触れています。
話し声を鍛えた人は、発音や語音の扱いにすぐれていることがあります。
しかしフースラーは、それだけで歌うための働きがそろうとは見ておらず、歌声には別の働きが必要だと考えています。話し声でよく使われるのは、発声器官の中でも比較的限られた部分です。

フースラーは、よく訓練された話し声では、声門を閉じる働きや声帯を張る働きが繊細に働くと見ています。
一方で、喉頭を支える筋肉の関与は弱く、呼気筋の働きも弱いと述べています。
そのため、話し声としては巧みに使えていても、歌声に必要な働きが十分に呼び起こされているかは別の問題になります。

ここに、話し声がよい人でも、歌うと急にうまくいかなくなる理由があります。
フースラーにとって、話すための声と歌うための声は、発声器官の使われ方が違います。
だから、話し声の訓練だけで歌声の問題を解決しようとすると、歌に必要な働きが見えにくくなります。

声門を閉じる働きについてさらに見たい方は、フースラーメソード徹底解説④正しい声門閉鎖について「喉頭」 も参考になります。

歌うためには、より広い働きの参加が必要になる

フースラーは、発声器官の本来の性質は、まず声を出すことにあると見ています。
話すことは、その後で発声器官に加わった使い方として語られています。
そのため、話し声を健全に保つためにも、発声器官の本来の声の働きを呼び起こす必要があると述べています。

ただし、話し声をよく使ううちに、その働きの一部は話すことに合わせて狭く使われやすくなります。
フースラーは、よく鍛えられた話し声を、いわば縮小された発声器官の働きとして見ています。
話し声では、声門を閉じる働きや声帯を張る働きは繊細に働きます。

しかし、喉頭を支える筋肉や呼気筋の参加は弱くなりやすいのです。
歌うためには、声門や声帯だけでなく、喉頭を支える働きや呼吸側の働きも関わる必要があります。
だから、話し声がよく鍛えられていても、そのまま歌声へ進めるかは別の問題になります。

フースラーは、話すときと歌うときでは、発声器官の筋肉の働き方が違うと見ています。
ここから、歌声を作るには、話し声の技術だけでなく、歌うための広い働きを呼び起こす練習が必要になります。この考え方は、歌声を「話し声の延長」として見る発想に、はっきり距離を置くものです。

歌声に関わる呼吸側の働きについては、フースラーメソード徹底解説⑥正しい呼吸と間違った呼吸の違いとは|歌うこと第4章「解剖と生理」3部「呼吸器官」から で詳しく扱っています。

まとめ:歌声は話し声の延長だけで考えない

第13章でフースラーが強く述べているのは、歌うことと話すことを同じ働きとして扱うと、歌声の問題を見誤りやすいということです。話すことは、言葉を相手に伝えるための働きとして語られています。
一方で歌うことは、言葉になる前の声そのものの働きと深く関わっています。

歌では、まず声の流れがあり、その上に母音や子音が乗ります。
そのため、発音をはっきりさせることだけを優先すると、歌声の線が切れやすくなります。
母音練習も、発音練習としてだけ見ると狭くなります。

フースラーにとって母音は、発声器官の違う働きを呼び起こすための手段です。
ウ・イ・アには、それぞれ違う働きがあり、歌手はそれらの片寄りを越えていく必要があります。
また、話し声を鍛えた人でも、歌うための働きがそのままそろうかは別の問題です。

歌うためには、声門や声帯の働きだけでなく、喉頭を支える筋肉や呼吸側の働きも関わる必要があります。
ここから、歌声の練習は、話し方をうまくする練習とは別の道を持っていることが見えてきます。
第13章は、歌声を「話し声の延長」として考える発想から離れ、歌うための発声器官の働きをどう呼び起こすかへ視点を移す章です。

 

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フースラーメソード徹底解説④正しい声門閉鎖について「喉頭」

フースラーメソード徹底解説⑤喉頭懸垂機構について

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