こんにちは、ボイストレーナー小谷です。
今回はフースラー『うたうこと』第17章「監督のない練習」を読み解きます。

前回は第16章「アマチュア的『訓練』はどのようにして声を破滅させるか?」を解説しました。
未読の方は下記からどうぞ。

フースラーメソッド徹底解説17|間違ったボイトレはなぜ声を壊すのか?『うたうこと』第16章「アマチュア的『訓練』はどのようにして声を破滅させるか?」

今回の章でフースラーは、誰かの監督なしに、独りで正しく発声練習をする事は可能か、という事について解説しています。
フースラーは、独りの練習は前進と後退を同時に起こし、せっかく掴んだ正しい動きを悪い癖が気づかぬうちに潰してしまう、と考えています。
ではなぜそう言えるのかを、本章の流れに沿って確かめていきます。

 

自分の声の不具合は、自分では判定できない

弱点に気づかないまま練習に入ってしまう

独学が最初につまずくのは、声を出す時どの筋肉が使えていないのかを、本人が掴めていないことです。
フースラーの見立てでは、人は普段から、使えていない声を出す筋肉を多く抱えています。
それがさらに進んだ形が、医師の言う「音声衰弱症(フォナステニー)」にあたります。
ただしこの状態は痛みも日常の支障もないため、病的なものとは見なされず、見過ごされたままになります。
歌手でない人は何も困らないからです。
だから本人は、声を出す時に使えていない筋肉があること自体に、気づかないまま過ごしているのです。

初心者の方にあるのは、「いい声はこう響くはずだ」という仕上がりのイメージくらいです。
一方で、声を出す時に、どの筋肉が使えていないのかまでは見えておらず、気づかないのが普通です。
目指す声のイメージは分かっても、いま使えていない筋肉がどこかは見えないまま練習が始まってしまいます。

フースラーは、使えていない筋肉を働かせていく作業を、一種の「医者の手当」に近いものと考えています。
それは、自覚症状のないものを、当の本人が手探りで処置するようなものです。
だから独学の出発点では、まず「どの筋肉が使えていないか」を気付ける能力が必要になります。

発声器官にどんな欠陥や弱点が起こりやすいのかを詳しく知りたい方は フースラーメソッド徹底解説15|のどの硬直・呼気圧迫・高音不足はなぜ起こるのか?『うたうこと』第14章「ふつう”の発声器官にみられる欠陥,弱点,故障,合併症」 も参考になります。

専門家でも、自分の声の障害は見誤る

フースラーは、自分の声の障害は、他人の声なら見抜ける専門家でも、自分自身ではあっさり見誤ると言っています。
フースラーは、音声学者であり医師でもあった人物(H. ガッツマン)が、学生たちに繰り返し説いた戒めを引いています。

諸君は、諸君自身で、諸君がもち合わせているかもしれない音声衰弱的障害についての判断ができる、などということは、かりそめにも信じないように、私は諸君にせつに忠告したい。経験のある医師であり、かつ発声教育者である者でさえ、自分自身では、主観的な症状にだまされて、実に意外なほどあっさりと、自分の音声障害の確定については、誤った方向をとりやすいものなのである。

——フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド゠マーリング『うたうこと』(須永義雄・大熊文子訳、音楽之友社)。フースラーがガッツマンの言葉を引いたもの。

フースラーの見方では、人の声は軽い重いの差こそあれ、総じて「音声衰弱的」な状態にあります。
しかも、最初は健全でも、歌手ですら早晩そこへ近づく恐れがあります。
この見方に立てば、上記の戒めはそのまま歌手自身にも当てはまります。
歌手は、他人の声なら——それが自分と同じ欠点であっても——どこが使えていないかを言い当てられます。

しかし、その同じ耳を自分自身へ向けると、とたんに聞き分けられる能力が働きにくくなります。
聞き分ける力の有無というより、対象が自分になった瞬間に判定が鈍る、という難しさです。
専門家でも自分は見誤るのですから、独りで練習する初心者が、自分の声を正しく見極められると考えるのは無理があります。そしてこの一点が、次の「独りの練習がなぜ空回りするのか」へとつながっていきます。

自分の声を聴き分けることの難しさについてさらに知りたい方は フースラー「歌うこと」解説② 第2章「まず聞く、それから知る」解説 も参考になります。

独りの練習が空回りに終わる理由

「技術」で上達しようとする発想が、なぜ空回りするのか

フースラーは、独りで「技術的」な練習を重ねても、それが良い結果に結びつくことはまれだと考えています。
「テクニックさえ積めば上達する」という考え方そのものに、空回りの種があるというのです。

多くの歌手は、自分は最初から健全な発声器官をもって練習してきた、と思い込んでいます。
だから、あとは「テクニック」で磨けば上達する、という発想になりやすいのです。

しかしフースラーが何よりも重要視しているのは、「もともと備わった発声器官の自然な働きで歌えているのか」という事であって、技術はその後だと言います。
ここでいう自然な働きとは、声を出すときに発声器官である呼吸器官と喉頭筋が連動して動くことです。
この発声器官の連動が無い状態で「テクニック」だけを習得しても、根本的な改善にはなりません。

独学では、このズレを正す手がかりも乏しくなります。
テープ・レコーダーで自分の声を聞き直しても、耳はすぐ自分の欠点に慣れてしまいます。
だから「技術的に」自分を直しているつもりでも、確かめる基準が自分の内側にしか無いのです。

結局、独りで技巧だけを磨いても空回りに終わりやすいのです。
まず目を向けるべきなのは、呼吸器官と喉頭筋の連動という自然な発声器官の働きが起きているかどうかであって、技術はその後にしか効きません。

呼吸器官と喉頭筋がひとつにまとまって働く仕組みを詳しく知りたい方は フースラー「歌うこと」解説③ 第3章「発声器官の統一」を徹底解説 も参考になります。

悪い癖が上達の足を引っ張る

フースラーは、独学が空回りするのは、独学では悪い癖は改善されないからだと言います。
仮に良い声が出ても、悪い癖が足を引っ張って、また悪い声に戻ってしまうのです。

練習には、本来ふたつの意味があります。
ひとつは、発声器官で動けていない部分を目覚めさせること。
もうひとつは、誤った悪い癖を取り除くことです。

練習は、正しい動きがちゃんと出せている時にだけ価値を持ちます。

しかし最初は必ず、正しい動きと一緒に、誤った悪い癖も出てしまいます。
たとえば、喉に余計な力が入る、息の流れが不安定になる、といった癖です。

この正しい動きと誤った悪い癖の境目を、独学では気づかず通り過ぎてしまいがちです。

その結果、練習した正しいことが、誤った悪い癖に足を引っ張られ、上達が足踏みしてしまいます。

なので「たくさん練習した」ことが、そのまま前進とはかぎりません。
進んでいるつもりで、足踏みしていることもあるのです。

この状態に独学で気づくのは難しいものです。
正しいことと間違ったことを同時に練習している自分を、自分の耳だけでは聴き分けられないからです。

だからこそ、独学で前に進む分かれ目は、客観的に気づける目を置けるかどうかにあります。

間違った練習がなぜ声を壊してしまうのかを詳しく知りたい方は フースラーメソッド徹底解説17|間違ったボイトレはなぜ声を壊すのか?『うたうこと』第16章「アマチュア的『訓練』はどのようにして声を破滅させるか?」 も参考になります。

まとめ:独学のボイトレを空回りで終わらせないために

独学が空回りするのは、努力の量の問題ではありません。
自分の声の良し悪しを自分では正しく判定できないこと、そして正しい練習と悪い癖が同時に出て打ち消し合うことにあります。
しかし、独学そのものは続けてかまいません。
足りないのは、「客観的に気づける耳」です。

フースラー自身、自分の声を開放し訓練しようとするなら、同じ志をもち、声を聴き分けられる勉強友達を、監視者として立ち合わせることを勧めています。
独りの練習に客観の目を一つ加えるだけで、悪い癖に足を引っ張られにくくなり、練習がそのまま前進につながりやすくなります。
具体的には、信頼できる指導者やレッスンで定期的に耳を借りる、同じ目標の仲間と互いの声を聴き合う、といった「外の耳」を練習に組み込みます。

 

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