こんにちは、ボイストレーナー小谷です。
今回はフースラー『うたうこと』第20章「声の老化」を読み解きます。
前回は「第19章「音声衰弱症」」を扱いました。未読の方は下記からどうぞ。

フースラーメソッド徹底解説20|音声障害を改善させる方法『うたうこと』第19章「音声衰弱症」より

この章では、「声の老化」が、よく言われるような単純な「年齢のせい」ではないことが語られています。

フースラーは、歌手に起こる声の変化の多くは、筋肉の使い方の偏りによるものであって、老化と呼ぶべきものではないと述べています。

そのうえで、本当に高齢になってから起こることは何かを一つずつ確かめ、それらも正しい練習で大きく先延ばしでき、訓練で十分に補えると論じています。

1、「声の老化」とは、筋肉の動きが変わることである

フースラーは、声の老化という言葉があまりにも曖昧なまま語られていることを危惧しています。

フースラーにとっての声の老化の定義について、「声は筋肉が動くことで生まれるのだから、本当の声の老化とは、声を出す時に筋肉がもう動かなくなる、もしくは非常に弱い動き方しかできない筋肉の性質に変わってしまった事だ」と言っています。

つまり本当の声の老化とは、本人の努力ではもとに戻らないくらい筋肉が衰えてしまった事という事です。

なお、同じように原因を取り違えられやすいものに「声の疲れ」があります。こちらについてはフースラーメソッド徹底解説19|その「声の疲れ」、本当に歌い過ぎが原因?で詳しく解説しています。

2、実際には、筋肉の変化はずっと遅くしか現われない

では、その衰えはいつ起こるのか。
フースラーの答えは、世間で思われているよりはるかに遅いというものです。

歌手は年をとると比較的早く声が衰えていくと多くの人はそう考えているとフースラーは述べています。
ところがこれはフースラーが長年の観察にもとづく話ですが、実際に歌手を見ていると、筋肉そのものが衰えるのは、かなりの高齢になってからだと言います。

つまり、たとえ60代で声が出にくくなったとしても、その時点で筋肉が衰えきっている事は、まずありません。

なおフースラーは、筋肉の衰えが病気によって起こる場合もあると付け加えたうえで、それは老化とみなす必要はないし、発声を教える人が扱う範囲にも入らないと断っています。
病気による衰えは、老化とは別のものとして話から外しているわけです。

3、「声の老化」と呼ばれているものの大半は、偏りの結果である

では、老化でないなら何なのか。フースラーの答えは筋肉の偏りです。
声が出にくくなったと言われる例の大多数は、よく知られた生き物の法則で説明がつくとフースラーは言っています。

なお、偏りによって実際にどのような不調が現れるのかについては、フースラーメソッド徹底解説15|のどの硬直・呼気圧迫・高音不足はなぜ起こるのか?で詳しく扱っています。

3-1、使った筋肉は強くなり、使わない筋肉は失われる

フースラーのいう「よく知られた生き物の法則」とは、こういうものです。

ある筋肉に特定の働き方だけをさせて、それを長く続けていると、その働きは強くなっていきます。
ところがそれとほぼ同じだけ、使われなかったほかの筋肉は力を失っていき、ついにはまったく働かなくなる事さえあります。

筋肉には「使うほど強くなる」という面と、「使わない働きは失われていく」という面があり、この二つは表と裏の関係にあるという事です。
片方を鍛える事は、同時にもう片方を手放す事でもあります。

そしてフースラーは、これこそが世間で「声の老化」と呼ばれているものの正体だと言います。
偏った歌い方をすると、一部の筋肉だけを使う事になり、それ以外の筋肉は使われないまま眠っていくからです。

3-2、若い人の声は、まだ偏っていない

では、その偏りはいつ始まるのか。フースラーはまず、偏る前の状態から確認します。

フースラーは若い人の声は、まだ偏ってはおらず、まっさらな状態だと述べています。

つまり最初は、誰もが偏っていません。
偏りは、その後の成長過程で徐々に身についていったという事です。

ではその偏りは何をきっかけに始まるのか。
それを以下から解説していきます。

3-3、練習の始まりが、使いすぎと使わなすぎをつくる

フースラーは、発声の訓練が始まると、そこから簡単に偏りが生まれると言っています。

きっかけは3つあります。

  • ①教わる流儀によるもの
  • ②本人の好みによるもの
  • ③オペラ歌手であれば、与えられる役によるもの

この3つのうちどれか一つでも当てはまれば、ある筋肉は使いすぎ、別の筋肉は使わなすぎて眠っている状態になります。
そして使われず眠ったままの筋肉は張りを失い、動かすための脳からの命令も届きにくくなって、やせ細っていきます。

ここで注目したいのは、この3つのうち最初から本人が選んでいるのは好みだけだという点です。

教わる流儀は自分で決めたものではありませんし、オペラ歌手にとって役は与えられるものです。

つまり偏りは、まじめに教わり、与えられた仕事をこなしているだけでも生まれてしまいます。

とはいえ、フースラーはこれらを老化とは考えていません。
たとえ上記3つの事で筋肉に偏りが生まれても、たいていは適切な訓練で立て直せるからです。

本記事冒頭で解説したフースラーの考える本当の声の老化は、本人の努力ではもとに戻らないものでした。

眠っている筋肉は、本人の努力で動かせます。
同じ「声が出にくい」でも、本人の努力で動かせるのか、そうでないかで中身がまったく違うわけです。

ただしフースラーは「歌い尽くしてしまった歌手の、神経の状態がまだしっかりしている場合の話だ」と断っています。

裏を返せば、神経の状態さえ保たれていれば、偏りは改善するという事です。

4、同じタイプの役ばかり歌うと偏る

フースラーは、オペラ歌手があまりに長いあいだ同じタイプの役ばかりを歌っていると、役のタイプごとに異なる筋肉が目覚めている事と生き生きしている事を失ってしまう、と言っています。

具体的には、次のような対応になります。

  • 力強く劇的な役(ドラマティック)ばかり歌っていると、声帯を前後に長く伸ばす筋肉が失われます。
  • 優しく歌い上げる役(リリック)ばかりだと、声帯を張る筋肉が、そしてときには声帯を閉じる筋肉も失われます。
  • 細かい装飾を数多く歌う役ばかりだと、主に喉頭そのものを動かす筋肉が失われます。

つまり、どの役に偏るかによって、偏る筋肉の種類が違ってくるという事です。
伸ばす、張る、閉じる、喉頭を動かす。

役の偏りが、それぞれ違う筋肉のグループを弱らせていくという事が言われているのです。なお、ここで挙げられている声帯を閉じる働きについては、フースラーメソード徹底解説④正しい声門閉鎖について「喉頭」で詳しく解説しています。

5、だから「声が老化した」という見方は、多くの場合まちがっている

ここまでを踏まえて、フースラーは「声が老化したと見なされていても、その見立てはまちがっている事が非常に多い」とはっきり言い切ります。

フースラーが考える老化と呼べるのは本人の努力ではもとに戻らないところまで筋肉が衰えた場合だけでした。
そして本当の声の老化は、それがかなりの高齢になるまで起こらない。
また声が出にくくなる原因の大多数が、偏りによって筋肉が働きにくくなった状態だという事です。

働きにくくなっただけなら、訓練で立て直せます。
本人の努力で元に戻せるものを、元に戻らないものと勘違いしている。
これが、老化という言葉の使われ方に起こっている真実という事です。

6、本当に「高齢で起こる」とされる事の検討

ここまでで、老化だと思っていた声の不調の大半は偏りだと分かりました。
ではフースラーは、老化を完全に否定しているのか。
実はそうではありません。
ここからは、一般に声の老化の原因として挙げられている事を、一つずつ取り上げて本当に高齢で起こるものはどれなのか、それとも使い方の問題なのかを確認していきます。

なお、この先で繰り返し出てくる喉頭懸垂機構については、フースラーメソード徹底解説⑤喉頭懸垂機構についてで詳しく解説しています。

6-1、息を吐く力が弱る事について

年齢を重ねれば、息を吐く力は確かに落ちます。
ただしフースラーは、正しく呼吸して歌えていれば、たとえ息を吐く力が落ちても問題になる事はないと言います。

そもそも歌手の場合、息を吐く力が落ちるのは、かなりの高齢になってからです。

歌ううえで大切なのは息の力の強さではなく、正しい呼吸で歌えているかです。
そこさえ保たれていれば、年齢を重ねても歌う事に支障は出ません。

6-2、共鳴の低下について

声の響きが弱くなるのも、年齢のせいだと思われがちです。
しかしフースラーは、喉頭懸垂機構をいつも正しく使っていれば、共鳴の低下はかなり高齢にならないと起きないと言います。

喉頭懸垂機構とは、喉頭を上下に引っ張って、喉頭の位置を保持させる筋肉です。
喉頭が上がりすぎず、下がりすぎず、適切な位置に保持されれば、共鳴腔の状態が安定します。
共鳴腔が安定すれば、声の響きも安定します。
だから喉頭懸垂機構が正しく働いているかぎり、共鳴はそう簡単に弱くなりません。

ここでも原因は年齢ではなく、使い方が正しいかどうかです。
声の響きが弱くなったと感じたときに疑うべきなのは、年齢ではなく、喉頭懸垂機構が正しく働いているかどうかという事になります。

6-3、甲状軟骨(喉仏の軟骨)の変化について

当時のヨーロッパでは、甲状軟骨(喉仏の軟骨)の変化も声の老化の原因として語られていました。
年齢とともに、やわらかい甲状軟骨は少しずつ硬い骨に変化し、しなやかさが失われていきます。
フースラーはこれが声の老化に関わる可能性を認めています。
ただし断定はせず、想定できるかもしれない、という控えめな言い方にとどめています。

この軟骨のしなやかさは、高音を出すのに大切だと考えられてきました。
その見解は、喉頭研究で知られるマケンジーをはじめとする研究者によって支持されていたものです。
だから軟骨が硬くなれば声にも影響が出るはずだ、という推論が成り立っていました。

ところがフースラーは、長年にわたって歌手を見てきた経験から、この推論を退けます。
軟骨が硬くなっていく年代になっても、正しく発声できている歌手は問題なく歌えているからです。
つまり発声が正しく行なわれていさえすれば、歌ううえで悪影響は出ないという事です。

変化そのものは起こります。
けれども、それが声を損なうかどうかを決めるのは発声の正しさです。
ここでも基準は年齢ではなく、使い方が正しいかどうかという事になります。

6-4、では年齢の影響を受けるのは何か

医師が老化現象として挙げているもののうち、筋肉が張りを失う事は、すでに先程までで見たとおり偏りによるものであり、老化ではありません。
それを除くと、年齢の影響を受けるものは次の2つです。

  • ①喉の内側の粘膜が乾きやすくなる事
  • ②喉頭の下が慢性的にむくむ事

ここまでの3つと違い、フースラーはこの2つを実際に高齢で起こるものとして認めています。

喉頭の下の組織はゆるやかにできているため、この部分は特に水分がたまりやすくなっています。
そのため、喉頭の下の組織は、むくみが起こりやすいのです。

粘膜の乾きとむくみは、いずれも声帯の振動する力を落とすと考えられます。

さらにもう一つ、年配の歌手の多くが悩まされているものがあります。
粘膜の慢性的な炎症です。

喉頭はもともと呼吸のための器官なので、呼吸器全体の粘膜が引き金になる反応が起こりやすくなっています。
粘膜の炎症もまた、声を伝える働きを妨げる事がありえます。

ただしフースラーの言い方は、いずれも「おそらく」「ありうる」という推量にとどまっています。
断定はしていません。
老化で声帯の振動が必ず落ちる、と読み取るのはいきすぎだという事です。

7、正しい訓練で声の老化を先延ばしできる

これまでで挙げた3つのものについても、フースラーは対処できると言います。
フースラー風に言えば「声を出す器官という非常に複雑な器官においては、続けて行なう正しい訓練によって、(声の老化が)現れる時期を先へ延ばして免れる事ができる。そして大幅に補う事もできる」というのです。

ただしフースラーは、なぜ複雑だと補えるのかを明言していません。
根拠として挙げているのは、声を出す器官が非常に複雑だという一点だけです。

この事について私なりの解釈を述べます。
もし声を出す筋肉が一つだけなら、その一つが年齢の影響を受けた時点で終わりです。
補いようがありません。
けれども複雑だという事は、さまざまな筋肉が働いているという事です。
すべての発声器官がバランスよく協調し、連動して動いていれば、どこか一箇所が年齢の影響を受けても、全体でそれを補う事ができます。
だからこそ、正しい訓練を続ける事に意味があるのだと考えられます。

つまり「老化と呼ばれるものに対して、できる事はまだかなりある」という事です。ここで言う正しい訓練が何を指すのかについては、フースラーメソッド徹底解説16|発声訓練はどう進めるべきか?で詳しく解説しています。

8、最高齢まで声を保つ歌手は、偶然ではなく必然

フースラーは最後に、歴史上の実例を挙げて章を締めくくります。
その声を最高の年齢まで保っていた歌手は、体の使い方という点から見て、常に卓越した名歌手でした。
そしてそれは、決して偶然ではありえないと言います。
名前として挙げられているのは、マッティア・バッティスティーニとリリー・レーマンです。

もし声の老化が、年齢による避けられないものだとしましょう。
その場合、何歳まで声を保てるかは運任せになります。
名歌手だろうがそうでなかろうが、大差は出ないはずです。
ところが実際には、最高齢まで声を保った歌手は例外なく卓越した名歌手でした。
つまり声を保てたのは偶然ではなく、その優れた体の使い方によるものだという事になります。

ここで言う卓越した歌手とは、すべての発声器官を協調させて使えていた人の事です。この協調についてはフースラー「歌うこと」解説③ 第3章「発声器官の統一」を徹底解説で詳しく扱っています。
先程見た発声器官の補償が働くのは、まさにその状態にあるときです。
年齢を重ねても声を保てるかどうかは、年齢ではなく使い方が決めているという事になります。

まとめ

声が出にくくなると、多くの人はそれを年齢のせいだと考えます。けれどもフースラーによれば、本当の声の老化とは、本人の努力ではもとに戻らないくらい筋肉が衰えてしまった事を指します。そしてそこまでの衰えが歌手に起こるのは、かなりの高齢になってからです。声が出にくいと感じ始める年代では、まだその段階に達していません。

では何が起きているのか。答えは偏りです。筋肉は使えば強くなり、使わなければ働きが手薄になります。偏った歌い方を続けるあいだ、一部の筋肉だけが使われ、それ以外は出番のないまま眠っていきます。オペラ歌手を長年観察したフースラーは、どの役ばかり歌うとどの働きが手薄になるかまで、細かく見て取っていました。偏りは漠然と声を悪くするのではなく、何を歌ってきたかに応じて、失調の方向まで決めているのです。

年齢の影響を受けるものが、まったくないわけではありません。息を吐く力は落ちますし、喉の粘膜は乾きやすくなり、喉頭の下はむくみやすくなります。けれどもフースラーは、そのどれについても同じ事を言います。正しく使えていれば、そう早くは起こらない。起こったとしても、正しい訓練を続ける事で先へ延ばせるし、大幅に補う事もできる。

なぜ補えるのか。声を出す器官が、非常に複雑だからです。筋肉が一つだけなら、それが衰えた時点で終わりです。けれども多くの筋肉が関わっているのなら、すべてが協調して働いているかぎり、どこか一箇所の不調を全体で補う事ができます。

最高齢まで声を保った歌手が、例外なく卓越した名歌手だったのは、そのためです。年齢を重ねても声を保てるかどうかを決めているのは、過ぎた年月ではなく、使い方なのです。

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