こんにちは、ボイストレーナー小谷です。
今回はフースラー『うたうこと』第21章「合唱で歌うこと」を読み解きます。
前回は「第20章「声の老化」を扱いました。未読の方は下記からどうぞ
フースラーメソッド徹底解説21|本当の声の老化とは『うたうこと』第20章「声の老化」より
合唱についてフースラーは、
「十分な発声教育を受けないまま合唱で歌う。そうした状態が続くかぎり、歌い手の声——とくに子供の声——は損なわれる危険がある。だから合唱を続けるのであれば、声の状態をたびたび確認する事が欠かせない。」
このように考えています。
これは、フースラーが活動していた当時の合唱の現場では団員が発声教育を受ける機会のないまま合唱に参加する事が、当たり前になっていました。
なので当時は合唱を歌う事で声を傷める人が多かったのかもしれません。
それ故にフースラーは合唱を歌う事に対して慎重な態度をとっていたように考えられます。
しかしフースラーは、合唱そのものを否定しているわけではありません。
男声合唱、女声合唱、混声合唱、子供の合唱。
こうした合唱のパターンが、音楽を好きになるきっかけを世の中に広げ、音楽を支える大きな役割を果たしている事を、フースラーははっきり認めています。
そのうえでフースラーは、
「どれほど価値のある活動であっても、夢中になるあまり自分の身に起きている事を見落としたままでいるのは避けたい」と言っています。
合唱の価値と、合唱が声にもたらす危険。
この二つを別々の事として切り分け、後者から目をそらさずに向き合う。
それが、この文章の基本的な姿勢です。
では、なぜそこまで言うのでしょうか。
その理由を、ひとつずつ説明していきます。
みんなで声を合わせる事の危険性
フースラーがまず挙げるのは、合唱でいちばん大きな問題は「みんなと声を合わせなければならない事」だという事です。
合唱に参加する人の多くは発声教育を受けておらず、発声の基礎がありません。
つまり、発声技術が未熟なまま歌っているのです。
また合唱では、自分の声は周りの人の声にまぎれて聞こえません。
このような状態で歌うと、自分の声をコントロールできずに周りの人の声に影響され、声は簡単に傷みます。
さらに、指揮者の求めに応えようとして、高い音も低い音も無理に出してしまう。
ここに危険があります。
こうして声は傷んでいきます。
とくに、もともとの弱点がそのままになっている声は、ほとんどの場合、傷んでいます。
フースラーはこれを、合唱で歌う100人のうち99人に起きている事だと、はっきりした数字で表現しています。
ここで言う「もともとの弱点」とは、のどの硬直や呼気の圧迫、高音が出ないといった状態を指します。
その正体については、こちらの記事で詳しく解説しています。
フースラーメソッド徹底解説15|のどの硬直・呼気圧迫・高音不足はなぜ起こるのか?『うたうこと』第14章「ふつう”の発声器官にみられる欠陥,弱点,故障,合併症」
有名な少年合唱団で起きている事
フースラーは、子供の合唱団にはとくに注意が必要だと考えています。
その根拠になるのが、ウィーン、トーマン、レーゲンスブルクといった有名な少年合唱団の例です。
これらの合唱団では、団員を選ぶとき、音楽の才能だけでなく声もあわせて見ています。
つまり、もともと恵まれた声をもつ子供たちが集められているのです。
ただ、この音楽の才能と恵まれた声を持つ子供たちも、合唱団に入団してから個別の発声教育を受ける事はありません。
そこへ、先ほど述べた合唱特有の問題も重なります。
自分の声が聞こえない。
指揮者の要求に応えるために無理をする。
フースラーは、体ができあがっていない子供がこのような状態で歌い続ける事を、非常に危惧しています。
そしてその子たちも、声変わりの時期を迎えると退団させられてしまいます。
退団後に残るのは、音楽の基礎的な知識と、かなり傷んだ声だけです。
フースラーは、彼らはこの先の人生のために残しておくはずだった声を、合唱団で使い切ってしまったのだと嘆いています。
退団後、ごく一部の人がかろうじてプロの歌手への道を見つけますが、大多数は別の仕事へ進んでいきます。
恵まれた声と音楽の才能の両方で選ばれ、最高水準の演奏環境にいた子供たちでさえ、個別の発声教育を受けていないためにこの道をたどる。
フースラーはこの事実を、見過ごせずにいるのです。
では、彼らが本来受けるべきだった発声教育とはどのようなものなのでしょうか。
フースラーが示した訓練の原則は、こちらの記事で解説しています。
フースラーメソッド徹底解説16|発声訓練はどう進めるべきか?『うたうこと』第15章「訓練の原則」
歌の才能は消えたのではなく、壊された
フースラーは、指導する立場の人たちが
「子供のころの歌の才能は、大人になると自然に消えていくものだ」
と思い込んでいると述べています。
フースラーはこの考え方を、“よく考えられていない考え方”だと呼びます。
そしてフースラーはきっぱりとこう言い切ります。
子供の頃の才能は自然に消える事はない。
十分な発声教育を受けないまま合唱で歌い続けたせいで、その才能が全て壊されてしまうのだ、と。
「才能が消える」と「才能が壊される」。
この言い方の違いには、とても大きな重みがあります。
前者なら、誰の責任でもない自然のなりゆきとして片づけられてしまいます。
後者なら、それは防ぐ事ができたはずの、人の手による行為という事になります。
フースラーが強い言葉を選ぶのは、この責任の所在をあいまいにしないためなのです。
この「声は壊されるものだ」という主張は、フースラーが章をあらためて論じている中心的なテーマでもあります。
フースラーメソッド徹底解説17|間違ったボイトレはなぜ声を壊すのか?『うたうこと』第16章「アマチュア的『訓練』はどのようにして声を破滅させるか?」
子供は合唱団に入る前から声に問題を抱えている
多くの人は、子供の声はまっさらで、何の偏りもないと考えているかもしれません。
しかし実際には、子供の声にもすでに偏りができています。
言葉を覚える前の子供の声には、偏りがありません。
しかし言葉を覚え始めると、次第に発声器官の動きは偏っていきます。
まず、なぜ言葉を覚える前の子供は、大人も驚くほど大きな声が出るのでしょうか。
それは、大きな声を出す以外に自分の意思を伝える方法を持っていないからです。
だから発声器官をフル活用して声を出しているのです。
ところが言葉を覚えると、大きな声を出さなくても自分の意思を伝えられるようになります。
大きな声を出す必要がないので、発声器官の動きは一部分だけになり、次第に偏っていきます。
そして、大きな声を出すための発声器官の動きは使われなくなり、眠っていきます。
こうして人は毎日、何年も発声器官の一部分しか使わない発声を続けます。
それが普段の会話の発声として、体に染みついていくのです。
普段の会話の発声と、歌う時の発声は違います。
歌の発声教育が不十分だと、無意識に普段の会話の発声で歌おうとしてしまいます。
普段は会話の発声を使う時間のほうが圧倒的に長く、慣れているからです。
そのうえ、歌のための働きは使われないうちに弱ってしまっています。
この「話す発声」と「歌う発声」の違いは、フースラーが一章を割いて論じている重要な論点です。
フースラーメソッド徹底解説14|歌うことと話すことは何が違うのか?『うたうこと』第13章「歌うことと話すこと」
だからこそ、たとえ子供であっても発声教育が必要なのです。
発声教育がないまま合唱で歌えば、声は傷んでいきます。
子供の体の回復力は期間限定
子供の体は、かなり大きなダメージを受けても、それを自分で治してしまえるほどの高い回復力を持っています。
しかし、その回復力は期間限定です。
その高い回復力は、だいたい12歳から14歳の間に終わってしまいます。
しかもそれは、声変わりよりも前に起こります。
フースラーはここで、子供の体を研究する医学の見解を述べています。
「人間の老化の始まりは、およそ12歳からだ」というのです。
ここで言う「老化」は、年をとって老いるという意味ではありません。
自分の体を修復する回復力のピークが過ぎる、そのタイミングを指しています。
この回復力のピークの前後では、同じ事をしても結果がまったく変わります。
ピーク前に治っていた傷が、ピークを過ぎると元に戻らなくなるのです。
フースラーの言う「老化」が一般的な意味とどう違うのかは、こちらの記事で詳しく解説しています。
フースラーメソッド徹底解説21|本当の声の老化とは『うたうこと』第20章「声の老化」より
まとめ
フースラーは、合唱で歌う時の問題の本質を、個別の発声教育を受けていない事だと語っています。
合唱はその特性上、発声が崩れ、声を傷めやすい。
だからこそ、たとえ合唱であっても個別の発声教育が必要になります。
それは大人だけの話ではありません。
まだ何の偏りもなくまっさらに思える子供も同じです。
特に子供は慎重に扱わなければならない事を、有名な少年合唱団を例に解説していました。
しかしフースラーは、合唱をやめろと言っているのではありません。
合唱を続けるのであれば、それに見合った個別の発声教育が必要だ、と言っているのです。
合唱の社会的な価値を認める事と、合唱の危険をまっすぐ見る事。
この二つは両立します。
合唱を愛するからこそ、そこで歌う声を守りたい。
フースラーの主張は、そういう誠実さで貫かれているのです。
フースラーメソード徹底解説記事
フースラーメソードを徹底解説①|著書「うたうこと」の基礎原理を詳しく解説
フースラー「歌うこと」解説② 第2章「まず聞く、それから知る」解説
フースラー「歌うこと」解説③ 第3章「発声器官の統一」を徹底解説
フースラーメソード徹底解説⑥正しい呼吸と間違った呼吸の違いとは|歌うこと第4章「解剖と生理」3部「呼吸器官」から
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