ボイストレーナー小谷です。今回は第4章第1部「解剖と生理」の解説です。
まだ第3章をお読みでない方は、先にこちらをご確認ください。
フースラー『歌うこと』第3章の解説はこちら
https://voitoreyktn.com/voice-production-theory/post-18259/
この章では喉頭内部の様々な発声器官の名前や動き方などの説明がたくさん出てきます。
しかしフースラーは、発声器官を最初から細かく分析し、筋肉の名前や動きを一つ一つ覚えることを勧めているわけではありません。
むしろフースラーは、まず耳を育て、声を聞き分けることが出発点であると述べています。
それにもかかわらず、第4章では喉頭の軟骨の動きや、声帯の構造、筋肉の働きが非常に細かく説明されています。
フースラーがこの章で発声器官をこと細かく説明する理由は、
声は本来、発声器官がばらばらに働くものではなく、発声器官全体が同時に連動する統一体です。
しかし、その発声器官の統一を理解するには、どの部分がどのような動き方をするかを知らなければなりません。
だからこそ彼は、あえて発声器官を詳細に分解して解説しています。
そしてもう一つ大切なのは、この章は、自然な発声器官の統一を理解するための基礎として、構造を明らかにしている章です。
甲状軟骨や披裂軟骨は動きますが、それを歌い手が個別に動かそうとしても、真の歌声は生まれません。必要なのは、発声器官が自然に連動し統一された状態です。
なので喉頭は意識で直接操作する器官ではない、という前提でで読み進めて頂けると誤解なくフースラーの真意をご理解頂けると思います。
目次
フースラーがいう最初に押さえるべき「3つの大きな部分」とは
フースラーは、歌うための発声器官をいきなり細部から覚えるのではなく、まず大枠を三つに分けて把握しなさい、と言います。
文章中の表記の狙いは「喉だけを見ない」ことです。
ざっくり言えば、
① 喉の内側の筋肉
声を実際に作り、音の高さや質を細かく調整する部分です。
いわば「音を直接つくる働き」です。
② 喉の外側の筋肉
喉を支えたり、位置を保ったりする部分です。
喉が安定して働けるようにする「安定させる働き」です。
また喉頭の位置が安定する事で、共鳴腔の状態が安定するので、結果として声の響きにも関わっています。
③ 呼吸の仕組み
息を吸い、吐くときにその息を一定の圧力で外へ送り出す仕組みです。
その吐く息の流れが声帯を振動させ、声を生み出す力になります。
つまり、呼吸は「声を生み出すための原動力」です。
ここで重要なのは、どれか一つを“主役”にするのではなく、三つがバランスよく連動して初めて歌えるようになる、というのがフースラーの発想です。
フースラーが解説する喉頭の構造
フースラーは、喉頭の内部について次のように説明しています。
喉頭は、いくつかの軟骨が組み合わさってできている構造で、それぞれの軟骨は関節でつながっており、互いの位置関係が変化する仕組みになっています。
前側にある大きな軟骨は、下の軟骨との関節によって前後に傾くことができ、後方にある一対の小さな軟骨は、滑ったり回転したりして細かく位置を変えることができます。
フースラーが本書で図と注釈を使って繰り返し示しているのは、喉頭の軟骨は関節でつながっており、前後に傾いたり、滑ったり、回ったりできるという点です。
なぜフースラーがこのように説明するのかは、大切なのは喉頭内部を意識して動かすのではなく、喉頭内部が自然に働ける条件を整える事が重要であるという事を伝える為です。
声は、喉頭という軟骨や関節で組み合わされた枠組みの上で作られ、自然に調整されると、フースラーは考えているのです。
フースラーが解説する声帯の構造
フースラーは声帯は、働きのちがう二つの部分からできている、と説明しています。
一つ目は、声唇(せいしん)という部分です。
これは声帯の中にある筋肉で能動的に動きます。
発声の働きの中で声唇が能動的に動くと、声帯の形や厚みが変わり、声帯の内側がきちんと張ります。
それにともなって、左右の声帯のあいだのすきま(声門間隙(せいもんかんげき))の形も変わります。
二つ目は、声帯靭帯(せいたいじんたい)という部分です。
声帯靭帯 は筋肉ではありません。ゴムのように伸びる膜(弾性円錐(だんせいえんすい))の一部です。
声帯靭帯は、自分の力では動けません。
他の部分から引っぱられて、受動的に働きます。
つまり声帯は、能動的部分(声唇)と、受動的部分(声帯靭帯)の二つが合わさってできています。
フースラーは、声帯には、働きのちがう二つの部分がある、と説明しています。
そして、声唇と声帯靭帯は同時に関わりながらも、役割はまったくちがう、と述べています。
だからこそ、発声を教える人は、この二つの働きのちがいを聞き分けられなければならない、と強調しているのです。
フースラーが考える正しい声門閉鎖とは
声門閉鎖(せいもんへいさ)とは、左右の声帯が近づき、あいだのすきま(声門間隙)がせまくなる、または閉じることです。
左右の声帯がしっかり近づくと、声はより「密度」が増し、「声の芯」や「焦点」が出やすくなります。これはフースラーも述べていることです。
しかし、ここで大切な点があります。
声門を閉じる筋肉(閉鎖筋(へいさきん))だけを強く働かせても、それだけでは歌声に必要な質は作れない、とフースラーは言っています。
閉鎖筋とは、側筋(そっきん)や横筋(おうきん)のことです。
これらは声門を閉じる働きをしますが、それはあくまで「大まかな足場作り」にすぎない、と説明されています。
閉鎖筋だけで閉じようとすると、声帯のまん中に小さなすきまが残ることがあります。この「中央の弱さ」は、外から押さえつけても解決できません。
フースラーが重視するのは、声帯の内側から生まれる張りです。
声唇が適度に働き、その張りが声帯靭帯に伝わって、ふちが整うことが必要だと述べています。
つまり声門閉鎖とは、声帯の内側が「ゆるゆる」の状態では、いくら声帯を閉じる力が強くても良い声は出ないということです。
良い声を出すためには、まず声帯の内側がきちんと張っていること。
そのうえで、声帯が無理なく自然に閉じること。
この二つがそろうことが大切です。
そうするには無理に声帯を閉じようとするのではなく、能動的な部分と、受動的な部分が自然に連動することで、質のある声門閉鎖が成立する、というのがフースラーの考え方です。 こ
そしてフースラーが伝えたいのは、のどの中には、能動的に動く部分もあれば、受動的に動く部分もあり、それらを一つ一つ、意識して動かすことはできない、ということです。
だから声門閉鎖は、「意識して声帯を閉じれば良い」という単純な話ではない、ということなのです。
フースラーがいう声帯を伸ばす筋と支える筋とは?
声の高さや張りを作るには、声帯を伸ばす働きが必要になります。
そこで出てくるのが、いわゆる輪状甲状筋(文中では“伸展筋”と呼ばれています)です。
ただしフースラーは、「輪状甲状筋は単独では効率に限界がある」と述べています。
なぜなら、伸ばす動きが起きるとき、後ろ側の筋肉などが支点として安定していないと、狙った方向に伸びないからです。
そのために、後ろ側で支える筋(後筋)が重要な協力者として働きます。
ただ、後筋は本来、息を吸うために声門を開く役割も持つので、支えるために後筋を意識しすぎると、声門が開きやすくなって息漏れの危険も増えます。
ここが、歌唱における“危険状態”としてフースラーは説明されています。
大切なのは、特定の筋肉を意識して強く働かせることではなく、輪状甲状筋と後筋がバランスよく同時に働く状態を整える事です。
輪状甲状筋を単独で使おうとすれば不安定になり、後筋を意識しすぎれば声門が開きやすくなる。
だから必要なのは、輪状甲状筋と後筋をそれぞれ個別に強く使おうとするのではなく、呼吸と喉頭が連動する中で、輪状甲状筋と後筋が自然に動く条件を整えることです。
発声器官を個別に動かそうとするのではなく、発声器官が自然に連動できる統一された状態を作ることが大切。
そこにフースラーの答えがあります。
フースラーから指導者への最大のメッセージ
この章の終わりで、フースラーはとても現実的な話しとして、
生理学の説明というのは、「すべての発声器官が統一して働いている理想の喉」を前提にして作られています。
けれども、実際のレッスンで出会う生徒さんたちの喉は、そんなに理想どおりではありません。
喉頭内部のどこかが硬くなっていたり、本来は一緒に働くはずの部分が、バラバラに動いていたりします。
こうした「バラバラの働き方」をフースラーは「機能的統合の分裂」と考えています。
さらに彼は、超高速度カメラで撮影された映像にも触れます。
同じ人の喉でも、働き方が変わると、動きがまったく違って見える。
そしてその違いは、耳で聴いてもはっきり分かる、と言います。
だからこそ指導者は、自分の頭の中にある理想像に、生徒さんを無理やり当てはめてはいけないのです。
大切なのは、まず聴くこと。
今その人の喉が、自然に連動して働いているのか。
それとも、喉のどこかバラバラに動いてしまっていないか。
それらを声を聴いて、聴き分ける事。
そこから指導は始まる、というのがフースラーの考えです。
理想はあくまで指標です。しかし指導の出発点は、目の前の現実の生徒さんの声です。
そこを正確に聴き取ることから、発声器官の統一へ向かう道が始まる。
これがフースラーが指導者に向けて示している結論です。
まとめ
第4章「解剖と生理」のまとめです。
この章では、喉頭の軟骨や筋肉、声帯の構造などがとても細かく説明されています。
しかしフースラーの目的は、それらを一つ一つ覚えて意図的に動かす事ができるようにすることではありません。
声は、どれか一つの筋肉で作られるものではなく、発声器官全体が同時に連動する「統一」された状態です。
ですが、発声器官が統一された状態を正しく理解するためには、どの部分がどんな役割を持っているのかを知る必要があります。だからこそ彼は、あえて細かく分解して解説しています。分解は目的ではなく、発声器官の統一を理解するための手段なのです。
そして重要なのは、喉頭は意識して動かす器官ではない、という事です。
声門を強く閉じれば良い、特定の筋肉を単独で鍛えれば良い、という単純な話ではありません。呼吸、喉の内側、喉を支える外側が自然に連動してはじめて、質のある歌声が生まれます。
さらにフースラーは、生理学が示すのは「理想的に統合された喉」のモデルだとも述べています。しかし実際の指導現場での生徒さんは、そのように完全に発声器官が統一された状態はほとんどありません。
だからこそ指導者に必要なのは、指導者の理想を押しつけることではなく、まず生徒さんの声を耳で聴き、その声が統合されているのか、分裂しているのかを見極めることです。
第4章は、発声器官を操作するための章ではなく、統合という全体像を理解し、声を正しく聴くための土台を示している章なのです。


