ボイストレーナー小谷です。今回は第5章唇一舌一口蓋一口蓋垂についてと第6章自発振動の解説です。
前回解説の「フースラーメソード徹底解説⑥正しい呼吸と間違った呼吸の違いとは」を未読の方は下記をご確認ください。
https://voitoreyktn.com/voice-production-theory/post-18312/
この二つの章に共通しているのは、発声を一部分だけで見てはいけない、というフースラーの視点です。
唇の形、舌の位置、口蓋の動き、あるいは息の強さだけを取り出しても、発声の本質は見えてこないとフースラーは考えました。
見えている動きの背後で、発声器官全体がどう連動しているのか。
今回はその点を軸に、第5章と第6章の内容を分かりやすく整理していきます。
第5章唇・舌・口蓋・口蓋垂について
第5章は、フースラーが発声指導の何を問題視していたのかがよく分かる章でもあります。
フースラーが批判しているのは、発声の不調を見つけると、その場所だけを直接いじって直そうとする考え方です。
唇の「微笑」も、舌の「正しい位置」も、口蓋垂の問題も、それ自体を目的にするとかえって本質を見失う。
フースラーはこの章で、発声器官の各部分は全体の働きの中で理解すべきだと述べています。
フースラーが指摘する歌うときの「微笑」の形の意味とは
フースラーは、発声指導の現場では「歌うときに口を横に引いて「微笑している」ような形にすることが、よく勧められている」と言っています。
ですが、その形を何のためにやるのかは、あまり理解されていないとも言っています。
フースラーによると、声を出すときに声帯をしっかり閉じようとすると、口唇は反射的に横へ伸びます。
つまり、先に起きているのは声帯を閉じる動きで、唇の「微笑」はそのあとに出てくる二次的な動きです。
ただしフースラーは、「微笑」の形がまったく無意味だと言っているわけではありません。
微笑の動きを先に練習することで、自然に声帯が閉じやすくなることがある、と言っています。
つまり、「微笑」をきっかけにして、声帯が閉じる動きが起こる場合はある、ということです。
ただフースラーは、「微笑」は補助としてなら意味があるが、「微笑」を常に意識して唇の形を固定してはいけない、と言っています。
フースラーが指摘する舌の問題とは
フースラーはまず、幼いころからの神経の問題などで、舌に特別な障害がある場合は別だと前置きしたうえで、昔から「正しい舌の位置」を身につけさせる指導が行われてきたが、そもそも母音が変われば、舌はそのつど動いくものなので舌を「常に同じ位置」にするのはおかしいと言います。
フースラーは、舌は本来、自然に正しくふるまうものだと言っています。
ではなぜ、歌う時に舌が固くなったり、上に上がりすぎたり、後ろへ引けたりするのか?
それは発声器官のどこかがうまく働いていないために、舌がその不足を無理に助けようとしているのだ、と見ています。(代償行為)
代償行為の詳細については下記の「フースラーメソードを徹底解説①基礎原理」の代償行為の項目を参考にしてください。
https://voitoreyktn.com/voice-production-theory/post-18202/
だからフースラーは、舌を直接なおせば全体がよくなる、とは考えず、発声器官全体の正しい使い方を身につけることで、結果として舌の問題も改善される、と考えています。
フースラーはこのような問題を「原因と結果の取り違え」と言っています。
フースラーは指摘する口蓋や口蓋垂について
フースラーは、音声学者たちが、話し声で見られることをもとにした声を出す時の軟口蓋と口蓋垂の動きの問題についての解説についてフースラーは、その考えをそのまま歌に使うことに疑問を持っています。
フースラーが言いたいのは、話すときの仕組みと、歌うときの仕組みは、全て同じとは限らないということです。音声学者たちは、話し声で見られることをもとに説明しているのかもしれないが、その考えをそのまま全て歌にあてまめる無理があるのではないか、とフースラーは見ています。
誤解しやすい点は、フースラーが「話すときの仕組みは間違いだ」と言っているわけではないことです。そうではなく、話すときの説明を、そのまま歌うときのルールにしてはいけない、と言っているのです。
またフースラーは、口蓋の動きの問題を口蓋そのものの局所的な働きだけでなく、それにともなって起きる発声器官全体の連動を重視しています。
唇も、舌も、そのものが大事なのではなく、その背後で何が起きているかが大事だとフースラーは考えています。
そしてフースラーは最後に、喉頭懸垂機構に触れています。
口蓋の働きは単独で考えるべきものではなく、
発声器官全体の連動の中で考えるべきだ、と言いたいのだと分かります。
この章でフースラーが言いたい事
この章でフースラーが一貫して言いたいのは、唇・舌・口蓋垂を個別に直そうして発声を整えようとしても、本質的な解決にはならないということです。
見た目の形を追うのではなく、発声器官全体の働きが整った結果として各部分が自然に動く、という順序で考えるべきだと述べています。
第6章自発振動について
この章は、声の出る仕組みそのものを根本から考え直そうとする章です。
当時の学説では、声帯は呼気によって振動させられるものとされてきました。
しかしフースラーは、歌手の実感や新しい研究を手がかりに、声帯の「自発振動」という見方を取り上げます。
そしてこの考えを通して、なぜ息を強く当てる発声が喉の圧迫につながるのか、なぜ本当の歌声には「最少気」が必要なのかを説明しようとしています。
この章の要約
声は、声帯が振動することで生まれます。
これまでは、声帯を振動させるのは呼気であり、喉頭で音が出る仕組みは笛に近い、と考えられてきました。しかし笛は、吹き込まれる息に対して受け身に鳴る楽器です。
では、人の喉頭も本当に笛と同じで、呼気に対して受け身に振動するだけなのでしょうか。
この見方に対して、近年の研究では、声帯の振動はむしろ弦楽器の振動に近いのではないか、という考え方が示されました。
弦楽器は弓で弦を弾いて音を出しますが、弾こうとする弦楽器の弦の張られた方で音が変わります。
弦がしっかり張られていれば音もしっかりし、緩んでいれば音も緩くなります。
つまり大切なのは、弓の使い方だけではなく、弦の側の条件も整っていることです。
これは人の声にも同じことが言えるのではないでしょうか?
その裏づけとなるかもしれない、自発振動に関する新しい実験が紹介されています。
アメリカの実験では、ヘリウムガスを肺に吸入させて呼気の密度を下げても、声帯の振動と声の高さは変わりませんでした。ただし、声の強さは弱くなりました。
また、パリの実験では、動物を全身麻酔したうえで脳のうち声帯を支配する部分を刺激すると、呼吸が止まっている状態でも声帯が振動しました。
これらの実験が示しているのは、声帯の振動は強い呼気がなければ起こらない、という単純なものではないということです。だから、発声では常に強い呼気をぶつければよいのではありません。
むしろ、弦楽器で弓の使い方だけでなく弦の張り方も大事であるように、歌も呼吸の使い方を見直し、喉頭や声帯の状態を確認する必要があるのです。
この章でフースラーが伝えたい事
フースラーがこの章でいちばん伝えたいのは、声は息で無理に押し出して作るものではないということです。
当時は、声帯は呼気によって受け身に振動すると考えられがちでした。つまり、笛のように「息が主役で、喉は鳴らされる側」と見る考え方です。ですがフースラーは、それでは歌声の本質を説明しきれないと考えました。
この章で強調されているのは、呼気だけでなく、声帯そのものにも自ら振動に入る働きがあるのではないか、という点です。本文ではこれを「自発振動」と呼んでいます。ここで大切なのは、呼気を否定しているのではなく、呼気だけが発声の主役ではないと言いたいことです。声帯を閉じる筋肉や引きのばす筋肉も、発声の中心に関わっていると見ているのです。
フースラーがこうした主張をするのは、当時の発声指導への批判につながるからです。もし声を「息で鳴らすもの」と考えると、歌う人は声帯に強く息をぶつけようとしやすくなります。すると喉頭に下から圧がかかり、その圧に耐えるために喉の周りが固まり、締めつけが起きやすくなります。フースラーは、こうした発声を本当の意味で声楽的ではないと見ています。
逆に、自発振動がうまく働けば、声帯に強い息をぶつけなくても声が成り立ちます。そうなれば喉に余計な圧力をかけずにすみ、力みの少ない自然な歌声に近づきます。つまりこの章は、単に「声帯は自発振動するのか」という生理学の話ではなく、良い歌声とは、息を大量に使うことではなく、喉頭の状態を整えることが大切だという発声観を示しているのです。
さらにフースラーは、この新説が厳密に証明されたかどうかだけを重視していません。たとえ事実として完全に確定していなくても、「声帯は息に頼らず振動できる」と考えること自体に、発声指導上の大きな価値があると述べています。つまり彼は学説を紹介しながら、本当は当時の息で押す発声指導を修正したいのです。
まとめ
この記事全体を通してフースラーが伝えようとしているのは、発声を一部分だけで理解したり操作したりしてはいけない、ということです。
唇の「微笑」も、舌の位置も、口蓋や口蓋垂の働きも、それ自体が発声の本質なのではなく、発声器官全体の連動の中で現れるものとして見るべきだとフースラーは考えています。
見えている形だけを追うと、原因と結果を取り違えやすい、という指摘です。
そして自発振動の話では、その視点がさらに根本まで広がります。
声は単に呼気で押し出して作るものではなく、喉頭や声帯の側の条件もまた重要である。だから発声は、息の強さだけで説明できるほど単純ではない、ということです。
つまり本記事の結論は、発声とは部分の操作ではなく、発声器官全体の連動によって成り立つものだ、という点にあります。フースラーはそのことを、唇・舌・口蓋・口蓋垂、そして自発振動の議論を通して一貫して示しているのです。


