ボイストレーナー小谷です。今回は第7章「声区」について解説です。
前回解説の「フースラーメソード徹底解説⑦唇・舌・口蓋・口蓋垂の問題と新説でフースラーが伝えたい事」を未読の方は下記をご確認ください。
https://voitoreyktn.com/voice-production-theory/post-18342/

第7章でフースラーが声区を解説する理由は、声が途中でひっくり返る、地声と裏声がつながらない、音色が急に変わる、そうした声の分離が起こたとき、発声器官で何が起きているのかを理解するためにフースラーは胸声・仮声・頭声・中声という声区を取り上げてて解説しています

さらに言えば、各声区の時、発声器官のどの働きが優位に現れているかを見抜くことです。
その視点をもつことで、声区の分離、融合、混声という言葉の意味もつかみやすくなります。

本記事では、フースラーが各声区をどう捉えているのかを確認しながら、声区の分離がなぜ起こるのか、どのように統一へ向かうのかを順に整理していきます。

 

フースラーの主張「声区はある。しかし別々の部屋ではない」

フースラーは、「声にはたしかに音質の差があり、それを昔から“声区(レジスター)”と呼んできたが、その言葉自体はもともと生理学の言葉ではない」、と言っています。
つまりフースラーは、声区という言葉の存在は認めつつ、その言葉を文字どおりの声の区分けをしていないという事です。

この主張の前提としてあるのはフースラーがこれまで主張してきた、「発声器官の統一」です
発声器官の統一とは、発声器官は寄せ集めでバラバラに働くのではなく、それぞれが協力し自然に連動している状態です。

だから、例えばまず胸声区の器官が働き、次に頭声区の器官が働く、というような発想は、フースラーにはありません。フースラーが言いたいのは声区を独立した別々の部屋のように扱うな、と言っているのです。

この考え方を理解しておかないと、あとに続く「分離」「融合」「混声」の議論が全部ずれてしまいます。

 

フースラーが考える声区が分離する理由

フースラーは、喉頭は単独で働く事は難しく、他の発声器官と協力して初めて働く事ができる、と言っています。
この言葉の意味を詳しく解説すると、
「ある発声器官が孤立して優勢に働くと、発声器官全体のバランスが崩れて、その結果ほかの発声器官もうまく働けなくなり、最終的に”声区の分離”が起こる」という事です。

フースラーは、声区の分離を単なる音の違いとしてではなく、発声機能全体の乱れの結果として定義しています。
そして専門文献の説明を引きながら、声区の境目では、自然に喉頭内部の動きを切り替わる事が必要だと述べます。

ただしこの自然な切り替わりは簡単でなくフースラーはその例えとして、
「よく訓練された歌手は声区の切り替えを目立たなくできる」とする説明を紹介したうえで、
「実際にはそれは発声器官の崩壊を示す悲しむべき症状だ」と解説しています。

「自然な切り替わり」と「切り替わりを目立たなくする」は同じではありません。
フースラーは「切り替わりを目立たくできる」状態は、「すでに声区は分離している」と考えているのです。

そしてフースラーは、そもそもなぜ声区の分離が起きるのかについて、「原因を治さず誤魔化す指導にある」と考えています。
つまり、本質を理解せず何となく声区を切り替えれば成功と見なす指導へ警戒しているのです。

フースラーがそれでも声区という言葉を使う理由

フースラーは、「個々の発声器官には、それが優勢に働いたときに現れる固有の音色的特徴があり、それを声区と呼ぶ。歌唱中には、常に同じ声区で歌唱できるとは限らず、ある声区から別の声区へ移ることがある」と言っています。
ただし重要なのは、声区の移動があっても発声器官の連動によって生まれる統一性は失われてはならない、という事です。

フースラーは、「分離」と「声区の移動」を区別しています。
「分離」は発声機能の崩壊、「声区の移動」は発声器官の統一を保ったままの重点移動です。
このように切り分けて、ようやく「声区」について語ることができる、とフースラーは言います。

たとえるなら、声区とは家の中にある、ドアが開いた複数の部屋のようなものです。
寝室、台所、居間のように、それぞれ名前や役割には違いがありますが、ドアが開いていれば部屋どうしは自然に行き来できます。そして、当然どの部屋も別々の家にあるのではなく、あくまでひとつの家の中にあります。

声区もそれと同じで、それぞれに呼び名や働きの違いはあっても、本来は統一された発声器官の中でつながっているものです。
つまり声区とは統一された発声器官の中で、その時々に優位に現れる発声器官の働きの違いを表す名前であって、独立国家のようなものではありません。

フースラーの頭声区と仮声区の区別する方法

フースラーはまず、「頭声」と「仮声」ははっきり境界を決めにくく、研究も未完成だと前置きしています。
つまり、最初から厳密な定義を断定しているのではありません。
しかし、現場の発声指導では区別が必要なので、まずは美学的、感覚的な聞こえ方の違いとして説明しています。

まず頭声の声の特徴は、やや暗めで、ふくらみがあり、薄っぺらくなく、頭の高い位置にひびくように感じられる声です。
要するに、「軽いけれど痩せてはおらず、上の奥に広がる感じのある声」です。

そして仮声の声の特徴は、細く、やせていて、ふくらみが少なく、薄い響きで、しかも頭声よりも“前”に感じられる声です。歯や上あご、場合によっては額のあたりに当たるように感じられる、と本文は述べています。
つまり仮声は「前に集まり、細く当たる感じ」として捉えられています。

なぜフースラーが聞こえ方の違いから説明していのかについて、筋肉の動きの説明よりも聞こえ方の違いの方が、読者や生徒に伝わりやすからです。

またフースラーは音を聴くことを大切にしています。
音の違いが分かれば、解決の糸口が見えると考えているからです。
フースラーはまずこのような聞こえ方や感覚的な違いを示したうえで、その後に生理学的な説明へ進んでいます。

 

フースラーの見解「仮声には二種類ある」

フースラーは、仮声区を全面否定する流派と、高く評価する流派があるのは、同じ意味で使われる「ファルセット」という言葉では実は別のものを指しているからだ、と言っています。

仮声区をファルセットと言い換えて使われることが多いが実は仮声区は2種類ある

第一の仮声区は、「支えの無い」仮声です。
輪状甲状筋が働いているが、細く、張りがなく、通りが悪く、変化性も乏しく、この声から充実した声へ移れない。
フースラーはこれを、必要な発声機能の大部分が脱落した残り物として虚脱した声、すなわち発声機能が崩壊した事だと考えています。

第二の仮声は、「支えのある」仮声です。
輪状甲状筋筋が働き、それに加えて喉頭懸垂機構や呼吸筋の支えが入っていて、特に喉頭懸垂機構の前方の喉頭引上げ筋である甲状‐舌骨筋の働きが強いです。
声の特徴としては、こちらは張りがあり、強く、通りがよく、ある程度変化させることができます。
フースラーにとってはかなり重要な声です。

フースラーが否定されるべきなのは前者の「支えの無い仮声」です。

フースラーが重要視しているのは、「支えの無い」仮声と「支えのある」仮声、どちらも声帯が引き伸ばされることで成立するが、「支えのある」仮声では喉頭懸垂機構(喉頭をつり支える仕組み)と呼吸筋の連動が必要だ、という点です。

どちらの仮声も輪状甲状筋(声帯を引き伸ばす筋)や後筋がメインに働いても、それだけでは足りず、喉頭を支える筋群と呼吸筋の連動が加わることで、初めて「支え」が生まれる、という組み立てです。

フースラーの核心は、同じ仮声という言葉の中に、崩れたものと、支えがあるものを分けて考えよ、というところにあります。

フースラーは「頭声は、仮声と同じ系統」と考えている

フースラーは、頭声もまた輪状甲状筋と喉頭懸垂機構の働きによって成立するが、喉頭懸垂機構の動きが仮声と異なる、と言っている。

そしてフースラーは頭声は段階的に変化すると言います
私はこの段階的に変化する頭声を以下のように解釈しています。

頭声①基本形 被された頭声
頭声の時の喉頭懸垂機構は口蓋や咽頭の筋が甲状軟骨後部を軽く上へ引き、胸骨-甲状筋が前部を前下方へ引く、といフースラーは解説しています
その一方で、仮声の時に強く働いていた前方の喉頭引上げ筋である甲状舌骨筋は頭声の時はその働きは弱いです。
喉頭内部は、声帯がやや開き、声帯のふちも特に強く張られず、喉頭は高く直立し、声帯の上下空間が広く開く、という状態になり、その結果として生じる声が、軽く漂うようで、ふくらみはあるが芯の乏しい、いわゆる「被われた」頭声です。

頭声②発展形 充実した頭声
基本形の頭声に、さらに輪状-咽頭筋の働きが加わると、より充実した頭声になる、とフースラーは解説しています。

上記2種類の頭声は私の解釈です。

フースラーは最後に、仮声と頭声は同系列の声であり、主な差は声門間隙の形にある、とまとめています。
違いはあるが、系統は同じ、というのがフースラーの考えです。

フースラーが考える「 仮声は必要か?」議論の結論

フースラーは、「”仮声が必要かどうか”という議論は、喉頭の働きを少し理解していれば本来迷う問題ではない」と述べています。

仮声区をファルセットと言い換えて使われることが多いので仮声を1つと思っている人が多いがフースラーは仮声は2種類あって一つ目が支えが無い仮声と2つ目が支えがある仮声であると先程解説しました。

まず、仮声を不要だとした人たちがイメージしているのはフースラーがいう「支えのない仮声」です。
たしかに、支えのない仮声を不要とすること自体には一定の妥当性があります。

しかし、その否定が「支えのある仮声」にまで広がってしまうと問題が生じます。
支えのある仮声まで不要と考えてしまうと、高音で輪状甲状筋を使わない歌い方になってしまいます。
輪状甲状筋が十分に働かなければ声帯を伸ばしにくくなるため、高音を出すことが難しくなります。
その結果、無理やり高音を出そうとする方向へ進み、発声器官全体の連動も崩れやすくなります。
この意味で、不要なのはあくまで支えのない仮声であって、支えのある仮声まで排除してよいわけではありません。

支えのある仮声は、まだ発展途上の声ではあるものの、その後の訓練によって充実した頭声へ育っていく可能性を持っています。
だからこそフースラーは、支えのある仮声まで捨ててしまうと、声楽的に歌うこと自体が難しくなると考えたのです。

さらにフースラーは、優れた歌手は輪状甲状筋を使って歌っている、とまで述べています。
ただし、ここで「仮声が必要」と言うとき、それは仮声だけで歌うべきだという意味ではありません。
そうではなく、仮声は上手に歌うために必要な要素の一つだ、ということです。

フースラーの主張「中声は特別で万能な声ではない」

フースラーは、中声区の時は発声器官全体の連動を保ったまま声帯縁辺部の緊張が高まり、声門間隙が一直線に近い形となり、縁辺部分が主に振動すると説明しています。
その結果、中声はシャープで明るく、前に響く金属的な音色になります。

それゆえに、中声区を他の声区とは違う特別で万能の声として理解している人がいますが、その理解や正確ではありません。フースラーも、この音色を理想化していません。

むしろ、中声を優先的に鍛えようとすると、声帯伸展筋の機能低下や声門閉鎖筋の過労を招き、高音で出しにくくなるおそれがあるとフースラーは注意しています。

つまりフースラーは、中声区の特徴を認めつつも、その中声区だけで偏って歌う事へ慎重なのです。

フースラーの警告「胸声は単独化すれば危険」

フースラーは、喉を傷める胸声と、そうでない胸声があるのはなぜか?と問い、その理由として「胸声用の筋肉」だけが働く場合と、声帯伸展筋と協調して働く場合を分けて説明しています。

まずフースラーが主張しているのは、
胸声が悪いのではなく、どのような条件で胸声が使われているかが問題という事です。
声帯筋だけが単独で収縮すれば、太く厚ぼったい「胸っぽい」声になり、高音域へ移行できず、喉を傷める危険がある。
しかし胸声の時に声帯筋と声帯伸展筋が協調できれば、強く使っても喉を傷めず、高音域へもスムーズに移行でき、むしろ十分なフォルテや低音域を出す時に有利になります。

要するに、これは私の解釈ですが、ここでいう胸声には「支えのない胸声」と「支えのある胸声」の2種類がある解釈すればと分かりやすいかと思います。

1種類目は「支えのない胸声」は声帯筋だけが前に出た押しつけ気味の胸声。
2種類目は「支えのある胸声」は声帯伸展筋との協調の中で成り立つ胸声。
問題なのは2種類目「支えのある胸声」ではなく、1種類目支えを失った胸声である。

このようにご理解頂けるとフースラーの胸声に対しての考えの真意がみえてくると思います。

 

フースラーが考え「混声は概念」

混声についてフースラーは、「”混声”はしばしば”中声”と同じものと見なされるが、本来はそうではなく、古いフランス流派・イタリア流派で言う”全声区の融合”を意味していた」というフースラーの解説から私は混声はこれまで解説してきた仮声、頭声、中声、胸声のの様な発声器官の状態というより「概念」のようなものに私は思います。

この「声区の融合」とは、複数の声区を液体のように混ぜて一つの声にすることではありません。
そうではなく、全ての声区が分断されず、突っかかりなくスムーズに移行できる状態の事です。
たとえるなら、家の中のすべての部屋のドアが開いていて、部屋から部屋へ自然に移動できるような状態です。
そして声区を融合するには、すべての発声器官が統一され、常に集中的に連動することが必要になります。

フースラーは、「混声」という概念が生まれた背景として当時のフランス歌曲のスタイルを持ち出します。
長いスラー、絶え間ないフレージング、メッサ・ディ・ヴォーチェを前提とする音楽では、途中で声区が切り替わるような歌い方ではもたない。だからこそ「融合」が強く求められた、という流れでを解説しています。

そして混声は発声器官が統一された状態なので「声区の分離そのものが起こりにくい」とフースラーは結論しています。

フースラーの指摘「極高声区と極低声区の正しい取り扱い」

フースラーは、仮声・頭声の上にあるフラジォレット声(極高声区 )と胸声の下にあるシュナル声区(極低声区)は、美的価値は大きくないかもしれないが、音声障害の除去には絶対的な練習価値を持つ、と言っています。

極高声区について、フースラーは主として喉頭懸垂機構の機能停止など、さらに大きな機能崩壊の状態と推測していますので、「極高声区の練習しましょう」という事ではなく「極高声区になっているので喉頭懸垂機構を見直そう」など今必要な発声練習の判断材料にすると極高声区については理解すると良いと思います。

また、極低声区については、喉頭の強直や呼気の圧迫に悩む歌手に、のどの緊張を解く感覚を与える練習として勧められています。

フースラーが提唱する声区の分離を改善させる方法とは?

フースラーは「今日”声区の分離”と言うときは、ひとたび分かれた機能をもう一つにまとめられない病的状態を指す」と言っています。声区の分離は病気のようなものという意味です。
またフースラーは”声区の分離”が起こる原因は、一定の音色や、一つの喉頭機能だけに偏って発声している事と言います。なぜなら使われない発声器官は神経支配が低下し、さらには筋肉の萎縮にまで陥るからです。
だから偏った発声を長くやり続ける事が”声区の分離”という病気を作る、とフースラーは説しています。

そのうえでフースラーは、声区の分離を改善させる為にはまず「支え(足場枠)」が必要と考えています。
まず声帯内筋は、喉頭懸垂機構の「支え」の中で、さらに呼吸筋の協力もあって細やかに働くことができます。
この「支え」がなければ非常に不安定な状態になり、声帯内筋は働く事ができない、という考え方です。

その上で声区の分離を改善させるには、まず「支えのない仮声」を「支えのある仮声」へ変え、その「支えのある仮声」の状態でで下へ音域を広げいくところから始まります。

その次に「支えのある胸声」の訓練を行います。
そうすることで声帯内筋を最小限の緊張から支えの中で働かせ、少しずつ声の重さや厚みを加えられていきます。

フースラーのこの章の結論は、十分なフォルテや長い息、自然なフレージングやメッサ・ディ・ヴォーチェまで含めての基本が、まずこの支えにある、ということです。

その為には支えのある仮声から始めるという事です。

まとめ

第7章「声区」でフースラーが問題にしているのは、声区の名前そのものではなく、発声器官の統一です。

声には音質の違いがあり、それを昔から声区と呼んできた。
しかし声区を、互いに切り離された別々のものとして扱ってはならない。フースラーはそう考えています。

したがってこの章の中心は、声区を分類することではなく、声区の分離をどう理解するかにあります。

フースラーは、発声器官の一部が孤立して優勢に働くと、全体の協力関係が乱れ、その結果として声区の分離が起こると見ています。

つまり第7章は、声区の違いを説明しながら、発声器官の分裂ではなく統一へ向かう考え方を示す章です。

 

フースラーメソード徹底解説⑨アンザッツは本当に必要か?|歌うこと8章「アンザッツ」より